TH.Another Room

学生時代に書いた文芸作品をアップしています。

お星さまへの手紙

 ある日ぼくはお母さんを殺しました。人殺しとは心が痛むそうです。お母さんは痛そうだったけど、ぼくは苦しくなりませんでした。どうしてお母さんを殺したかというと、特に理由はありません。何かを好きになることと大差はないと思います。別にぼくは病気ではありません。単に実験してみたかったんです。首をちょんぎったら、どんな風になるのか。ぼくの行いを人々は皆おかしいというのですが、ぼくはそう思いません。ただ、首の断面から美味しそうなミートソースが流れているだけでした。首について興味を持ったことはありません。ただ真実が欲しかっただけなんです。人間の正体は本当は生ごみで、誰だって首をちょんぎれば、国会議員もホームレスも同じです。別にぼくは狂っているわけではありません。ただ死を間近に見たかっただけです。鼠ならぼくの気持ちがわかるでしょう。でもあれだけでは死が足りません。もっと世界はぼくに死を施せ。ぼくは、そうお星様にお願いしました。

瞳の中の道化師

 本作は自殺した友人から訳あって著作権を譲り受けた短編小説。

 誤字脱字を修正する以外の添削は行っていない。

 

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「道化師は何故笑う?」

  1

 私の両親は、幼子でも解るほど下衆な人間だった。社会的重圧に耐えきれずアルコールに溺れ私と母を毎晩痛めつけた父と、私を産んだことに対する後悔を実の息子にあたるネグレストの母。酒の汚臭が漂い家庭の温もりの欠片もない環境で育った私は僅か6歳にして運命を呪い、両親が滅んで欲しいと神に祈る日々を送っていた。
 そんなことを年端もいかぬ餓鬼が祈るんじゃない? あの両親から受けてきた言葉は、それ位は仕方ないと思っている。
 以下の文はあくまで一例であって他にも私の心を歪ませる台詞は山ほどある。大体両親の人間性が分かって貰えればそれで良い。
「お前なんか、産まなければよかった」
「黙れ餓鬼、死にたいか?俺はこの家の主で、貴様は奴隷に過ぎない」
 両親の非教育の結果、私は笑うことが出来ない子供に育ってしまった……。
 きっと僕の世界が何も変わらなければ、何もかもがおかしいまんまだ……
 僕は他所の子供みたいには成れなくて一生笑顔を知ることができない……
 僕は何になれば他所の子供のような無邪気な笑顔で世界を歩けるのだろう……
 嘆きの詩を頭で思い浮かべて眠りについたそんな夜、私の世界を変えるあの存在と出会ったのだ。

  2
 
 目を覚ますと、私の眼前に「道化師」が居た。道化師は毛布の上から、私に微笑みを見せ「バアッ」と驚かしてきた。私は何が何だか分からないままつられてクスリと笑い、道化師はとても気持ちよさそうに笑っていた。
 その後数秒の沈黙の後、道化師は、「ハテ?」と首を傾げる。「コワガラナイ?コワガラナイノハハジメテダ」正直自分でも、深夜に突如として現れた道化師に恐れない自分が少し不思議に感じる。とうとう僕はおかしくなったのだろうかと思っていたら道化師が、「オカシクナイヨ!」とおどけた口調で手を振ってきた。じゃあ、何?と尋ねようとしたら、「ワタシモヨクワカラナイ」と答えた。  
 これでは混乱するしかない。これは何なのだろうと考えていたら、「カンガエナイホウガイイカト……」と自信がなさそうな声で答えてきた。……分かったのは道化師が私の心を読めることと、危害を加える気はなさそうだということ。只々訳が分からず思考を停止していた……。
 そして何の前触れもなく道化師が私の瞳に吸い込まれていった。事は数秒の内に終わり、道化師は視界から消え、私の視界は闇に包まれてゆく……。
 翌朝、私は起きて……それが夢だと認識する。何かが変わるような気がしたが、何も変わらない。所詮夢なんてそんなものだ……。「ユメジャナイノダ」
 ……夢の道化師? 声が聞こえる……でも…姿は……幻聴だろう……。

「イルヨ!」

 !?!?!?

 夢の存在のはずの道化師が私の視界に映っていた。

  3

 それ以来道化師は、私の視界に入ってきては何かと世話を焼くようになった。学校でのテストや、授業、クラスメイトとの交わりなど日常生活にも口を挟んできて、「ココハコウシタホウガイイヨ!」とその場の状況に応じての正解を教えてくるのだ。最初の方は鬱陶しいと思いつつも、道化師に従っていれば最終的に正しいものとなるので、そのうち悪いものではないと思うようになってくる。ただ、わけは分からない。しかし、決して人生ベリーイージーになったわけでもない。道化師は私生活での勉強や肉体強化、同級生との交友等自らの研磨を積極的にやらせるのだ。もしサボろうものなら道化師の精神攻撃を食らう羽目になる(黒板を引っ掻く、ゴキブリの死骸を投げる等)。
 また道化師は、私の人格に対しても矯正を進めてくるのだ。主なカリキュラムとしてはバラエティ番組や、お笑い番組、コントや漫才、一発ギャグ、受け狙いのトーク等を見せて学ばせた。私を道化師に仕立て上げようとしていたらしい。さすがにプロ並みにはなれなかったけれど、学生生活ではこれらが非常に役立つものとなる。
 11歳のある日私は隣の席の女子に最近の私がよく笑うようになって嬉しいという旨の発言を頂いた。これはきっと道化師が私に笑いを教えたおかげなのだろう。
 つまり私はあの道化師によって笑顔を手に入れたということになる。とても嬉しかった。
 そして同時に道化師の存在に心からの感謝をこめて、ありがとうと伝えてみた。道化師はただ、笑みを浮かべるだけだった。

  4
 
 学校生活では順風満帆だったが、家では昔から何も変わっていなかった。両親を忌み嫌い、学校で見せる顔とは真逆の顔をするだけで、両親とは言葉を交わそうとしなかった。両親の方も私に対する態度は何も変わらないので妥当だろう。
 だが16歳の誕生日、ふと思った。両親は本当は自分が大切だけど愛し方が分からないから、いつまでも私たちはおかしいままなのではないか、私の方から笑顔を見せていけば両親もきっと変わってくれる筈……。本来私は何か重大な物事を決めるときは道化師とコンタクトを取ってから決断するか、道化師の方から勝手に現れて「ヤメタホウガ……」と勧めてくるのでそれに従うことにしている。  
 しかしこの問題に関しては道化師を介入させたくなかったため自らの判断で決定した。そして両親に笑顔を見せ、愛嬌を振りまくようになった。
 ……しかし私の努力も徒労に終わる結果になった。両親は以前より私を疎ましく扱うようになり、避けられるようになってしまったのだ。つい寂しくなって涙する日々が続いた。
 ある日私は両親とのこんな会話を偶然耳にした。その内容は私がいずれ自分たちを殺すのではないか、だからあいつを殺さないかという父と、私を自分たちの金蔓として利用してから殺すべきだという母が、私をどう扱うべきかの作戦を練っていた最中だった。
 私の中で何かが切れて、道化師は囁く。

「コロセ」と。

 私は用意周到に立てた計画を実行し、家に火を放ち両親を殺害した。計画に抜かりはなく私は疑われることもなかった。私は鏡を見てとびきりの笑顔を作り、道化師はいつもより不気味な笑顔を見せた。
 
   5

 それ以来、私の人生は特筆すべきことのないことばかり続き、順調に進学し、就職、結婚までこぎつけた。あの道化師もまだ視界に存在する。順調すぎて退屈な人生ではあるが決して悪いものではなかった。愛すべき妻、充実したキャンバスライフにやりがいのある職場…これらは全て道化師のお蔭で手に入れた私の宝物なのだ。……だがその間、ある違和感も感じていた。
 それから十年の歳月が経ち、私は出世コースを進み、妻と私の間に子供が出来た。妻から、名前はあなたが決めて――と伝えられて熟考の時を与えられた。道化師も何個かよい名前を推薦したが私の息子に、どうしてもつけたい名前があったため、私は珍しく道化師の意見を却下した。道化師は残念そうに笑うだけ。私は娘に「笑美」と名付けた。笑顔の綺麗な子に育ってほしい願いを込めてつけた名前だ。妻はとても賛成してくれたのだが、道化師は何故かつまらなそうに笑っていた。
 さらに歳月は流れ、笑美が十二歳を迎える一ヶ月前のある時。私は仕事を終えて休憩室でコーヒーを飲みながら以前感じたことのある「違和感」について考察していた。その正体は少し考えればわかるものだった。
 ……私は本当に私なのだろうか、ということだ。
 ……考えてみれば、私の人生はあの道化師によって導かれたというより仕組まれてできたものだと考えた方がしっくりくる。今も……その道化師は私の瞳に映っている……何者……お前は何者なんだ……問いかけてみると、私を惑わす答えが返ってきた。
「ジャア、オマエハナニモノダ」
 道化師はいつものように笑いながらこちらに目を向けてくる。私は何も反応できずただ固まるばかり。私は私を失っている……大切なもの、己が欲望の為に私の心を隠している……。思えば、この笑顔の裏にどれだけの嘆きを捨てて生きてきたのか。そして何より、道化師は何故いつも笑えるのだ? 
 私は……一人の時は頭を伏せ何も考えず只々視界が無に染まることを待つばかりの虚無的存在。お前は私にとって何者なのだ? お前は私の瞳の中に居る理由が分からないのか?……私に助言こそするが、決して愛があるわけでもないのは分かる。瞳の中の道化師は、いつも私を見透かしている怪物。では問おう道化師よ。この私の笑顔はいったいお前にどう映る? 天使のようか、悪魔のようか、化け物のようか、それともこの世のものではないというつもりか……。
 だが道化師はただ笑うだけだった。
 そして「ワカラナイヨ」と答える。
 そして「バカミタイ」と答える。
 そして「ワタシモアナタモ・・・ドウケ」
 ……考えても無駄だと悟った。無理に思考をリセットする。哲学とは若輩の頃に卒業するものだ。私は、今、大人であるが故……目を向けるべきは現実……愛する家族を守るため……私はここにいる。愛娘・笑美は、今も昔と変わらぬ笑顔で世界を歩いている……その笑顔も、いつ誰の手によって崩壊するか分からないのだ……故に私が考えるべきは娘の幸せ……笑美、愛している。私はただお前の為に……そのためなら……。
 すると休憩室のドアが乱暴に開き、私の名前を上司が叫び、妻からの電話が入ったと聞く。部署に戻り、受話器に耳を傾ける。
「どうしたんだ?」

 笑美が、自殺したとの知らせを受けた。
 
  6

 笑美が死んだあと私は病院のベッドの上で余生を送ることになった。
 私の視界が壊れ、あの道化師が……道化師が……赤と黒と白が、溶けて、何もかもが……になり、何も見えない。そして道化師は消えていた。何者かもわからずまま。
 それでも時は流れ、何時の頃かはわからぬが、妻から笑美の遺書を見つけたと聞き、妻から遺書を受け取る。遺書の内容は極めてシンプルにまとめてあった。

「本当の笑顔ができない自分に嫌気がさし命を絶つことにしました」

 この遺書を見た私は、狂い、私の手首に刃物をつけて狂い狂い狂い赤を見た。狂い狂い赤はやがて深淵の黒へと変わり狂い狂い笑顔の私が私を見つめている。そして私の顔は、あの道化師の顔へとなっていくのだった。

仮面

 ちなみに、この短編小説は「面白い!と、つまんねえ!」の賛否両論がメチャクチャ激しかった覚えがあります。というか、本作は長編小説の出だしをチョット改稿しただけの作品なので、どうも尻切れトンボ感が強すぎる。

 

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 その日の夜に、幼馴染のリサを殺した理由は自分でもよく分からない。無理に動機を付けるとすれば、リサが僕にキスをしようとしたから? 黒の長髪と西洋人形のような顔立ちが特徴的なリサは、隣人達から美少女と讃えられていた。けど僕の眼には、塵と差の無い命を持った、ただの女にしか映らなかった。
 僕にはリサがどうでもいい存在だったけど、リサは「僕の身体を想像するだけで眠れなくなる、僕のことが大好きだ」と、死の三十分前に言っていた。よくドラマや映画では、恋愛感情をキスや告白シーンで表現するけれど、僕に言わせればキスや告白だけで、本当に告白対象が好きだという証明にはならない。僕が唯一好きだったのはリサの白い腕だけで、性的魅力や高次の精神性等には惹かれもしなかった。どれだけリサの肉付きや性格がよくても、すべては幻に過ぎないのだ。
 リサの生前の顔には自惚れがあった。黒くて大きな瞳に、細くて高い鼻をしたリサは非常に男受けがよく、男の誰もがリサを女神のように扱い、リサの唇と舌と膣を欲しがった。僕がリサを殺した理由は、神に対する反逆の意味があったかもしれない。僕はなんとなくリサの自信に満ち溢れた表情が嫌いだった。本当にリサは僕を好きだったのか、僕は何故リサを殺したのか、真実は誰も分らない。けど分かることは、さっきまでのリサの唇には、何を求めているのか分らずに人を殺す人間の不気味さが口紅のように塗られていた。僕にはリサが何者なのかよく分らない。僕の部屋に倒れているリサの死体は絞殺されているにも関わらず、何故か笑顔である。
 リサがとても気持ちよさそうだったので、とりあえずベッドに寝かせて、枕の上にリサの頭を乗せてみる。そうすれば僕もリサの全体が綺麗に見えると思ったのだ。けれどリサを美しく感じたのは、いつものように白い腕だけ。黒を基調とした服装のリサだからこそ、白もよく映えている。でも少し物足りなかった。折角死体を生んだのに、思ったよりも昂揚感が無い。どうせ自分の部屋の中で殺すのだから、僕の両親の時みたいに、刺殺の方がよかったかもしれない。やはり楽な殺し方などないのだろう。刺殺だと返り血を消すのが面倒なのだ。思ったよりも絞殺は疲れる。
 確かリサも僕と同じように、自分の両親を殺したはずだ。僕が彼等を殺した瞬間を見ていたリサは、僕にリサの両親の死体処理を手伝わせたのだ。その事実を思い出した時、ある予感がした。僕はリサが愛用する茶色のバッグの中を調べてみると、やはりそうだった。僕とリサは少しだけ似ているのだ。バッグの中には、包丁と一冊の大学ノートが入っていた。包丁の刃全体には白いタオルが巻かれており、それを取れば、人血が点々と付着した刃が現れる。包丁自体もリサの念が込められており、刺し慣れた雰囲気を醸し出していた。多分リサは僕に告白するというより、殺しに来たのだろう。僕を好きだといったのも嘘で、ただ血か骨を見たかっただけなのだ。殺されたはずのリサが笑顔なのは、死後の世界で殺戮を楽しんでいるからだろうか。
 時計の短針と長針が12を指した。リサを殺してから、どれ位経ったのか分からない。正直、今日の殺しは今までの中で一番疲れた。体も瞼も眠りたがっているし、今日は土曜日なので、死体の処理は明日にしようと思った僕は、リサをベッドの上から蹴っ飛ばす。リサは床に転げ落ちる。そして消灯してから、布団の中に潜り込もうとした。けれど妙に引っ掛かる点がある。リサは客観的に見て残虐極まりない扱いを受けているのに、リサが微笑みながら死んでいることだ。一体何がリサを安楽の世界へ誘うのだろうか。僕はつくづくおかしな女だと思った。
 妙な点は、もう一つある。リサが持ってきた大学ノートのことだ。僕を殺そうとした日に何故、そんなものを? 僕の死に様でも書こうとしていたのだろうか。兎も角、ノートの中身を確認してみる。
 予想は外れていた。
「秋一君の死体は、きっと私よりずっと綺麗でしょう。秋一君の瞳は凛々しくて可愛いから。秋一君の肌を私の舌と血で汚してみたい。秋一君の言葉と優しさを私の中に閉じ込めてみたい。だって私を許してくれるのは、秋一君だけだから。だから私は秋一君を殺したのよ。秋一君と一緒なら、どんな世界でも怖くないの」
 どうやら無理心中を図ろうとしていたようだ。本当に僕が好きで書かれた文章であるかは怪しい気もするが。
 でも僕はリサの文に触発されて、彼女の四肢を切り落としたくなった。明日になったらリサは黒衣を纏った達磨となる。きっと鮮血が部屋中に染まりゆくだろう。リサも喜ぶはずだ、今だって清らかに微笑んでいるではないか。
 僕は急に林檎を食べたくなった。林檎の皮をがぶりついてみたくなった。明日は林檎と血の赤を見比べてみようと思った。    

ミギー

 すまんの。こいつもまだ未完成のままなのじゃ(´・ω・`)

 

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 その日の夕暮れどき、会社から自宅までの帰り道の川沿いで、私は一本の太い腕を発見した。切断口から赤い液がドクドクと流れている右腕を、生まれてはじめて見つけた。私は隆々としたソレ――筋肉質な男性の部品(パーツ)を拾い上げた。家に持ち帰ることにしたのだ。特に深い理由はない。ただ何となく、そうしてみたかっただけだ。妙に重かったので、両の掌の上に乗せて、運んでいった。道中でパーツの切断口から血をポトポトと落としてしまったが、私の服が汚れなかったので問題ない。
 自室のベッドの上で寝かせてみると、なかなか可愛らしく思えるものだ。我が子の寝顔を眺めながら、慈悲深い微笑みを浮かべる母親の心がわかったような気がする。私は、その腕に『ミギー』と名付けた。これから一緒に暮らすことになるパートナーに名前がなければ、色々と不便になるだろうと考えたからだ。私はミギーに、「ここを終の棲家にしないかい?」と誘ってみた。ミギーは「喜んで」と嬉しそうにテレパシーで返事をしてくれた。透き通った女声だった。そのとき私は彼女に惹かれてしまった。もし彼女が私の死を望むならば、私は喜んで自殺するだろう。そういう自信が、私のなかに植えつけられてしまったのだ。
 だから私は、「ミギー。今日から僕を君の下僕として扱き使ってほしい。ミギー、僕は君のためならば世界を滅ぼせる。だから……」
「わかったわ」彼女は言った。「それじゃあ、まずはマッサージを命じるわ」
 私は愛しい声の指示に従った。ミギーの太い五本指、生命線の短い手相のついた手の甲、女爪、薄い毛の生い茂る全身を揉みしだいた。本物の女体に触れるよりも遥かに官能的だ。思わず勃起してしまうぐらいである。
「あぁ……きもちいい」彼女は満足そうに言った。「もういいわよ。次は私を抱っこして頂戴」
 そのとき私の中に電流が走った。ベッドの上の布団には、女性の生理のような血――ミギーの瑞々しい紅色が染み込んでいた。
「どうしたの? じらさないで……」
 私は、まっしろになりながら、ふるえながら、妖女の腕を、抱擁した。抱きしめて数分も経たないうちに射精してしまった。ここちよい虚脱感に襲われた。
「ああ……ミギー……」私は愛する者の名前を呟いた。頬を真っ赤に染めながら。

散文詩集「転落」

 0.「俯瞰」

 君は自殺者を負の闇に覆われた脆弱な存在だと思うだろうか。私は、そう思わない。すべての自殺者はマザー・テレサよりも崇高なる魂の持ち主であり、崇高なる叡智を全身に宿した、生きた死者だと信じている。彼等が自死を願うのは、現実の深淵にて拾い上げた、ある二つの理に絶望したためだ。この地球上に生きる全ての人間には、等しく、最愛の者に、最上の不幸をもたらす可能性があるという普遍の真理と、我々が幸福を体感している瞬間にも、大いなる不幸に苦しめられ、深淵をさまよう者が確実に存在しているという自明の理に対して、限りない憎悪を抱いたからこそ、自害したのである。私以外の人間には完全に理解できない考えだろうが、私だけは、よく分かるのだよ。自殺者とは、全ての魂のために祈りを捧げるものであり、青空に真実の神を現出させようと試みる存在なのだと。旧き天神よ。彼等は神の血を引く者である。

 1.「執着」
 
 聖少女のV穴は甘美なる麻薬だ。P棒を侵入させるのが惜しまれるほどに、素晴らしい。私が一六歳の頃に最愛の少女のV穴を舐めたときの快感は未だに忘れられない。聖なるV穴は温かいチヨコレエトの味に似ている。世の男性が好きな食べ物を聞かれる場面において、彼等は何故、「私の大好物は新鮮でクリイミイな美少女のV穴だ。私にとって、それを舐める瞬間は、世界中に幸福の雨が降り注がる奇跡と似ている」と答えないのだろう。そして彼等は聖少女の仮面に白い情熱を噴出する儀式の計画を立てておきながら、けして実行しようとしないのは何故なのだろう? 私なら、たとえ聖少女を絶望の淵に叩き落としてでも、自殺寸前にまで追い込んででも、聖なるV穴を堪能してみせる。しかし残念ながら私には、もう一生、不可能なこと。私のとって唯一の聖少女は、天国という名の地獄へと旅立ってしまったからである。

 2.「明暗」
 
 愛のために――私は死ぬ。父を自殺に追い込む。母に苦悶の涙を流させる。カナリアを悪夢の檻に閉じ込める。哀しみにつぶされた殺戮者のために、祈る。紅と蒼に違いはなく、神は人間の遊具である。好き、と口に出したからといって、本当に好きとは限らない。嫌い、と表現したからといって、憎悪が仮面を嬲り殺すというわけでもない。愛によって、小鳥たちは堕落を歌い、三日月は猫の心臓となる。幸福と文学は未来を目指さなければイノチを失ってしまう。愛のために、夜桜は舞う。青空から童話の書庫を創りだす。愛は偉大であり、破滅であり、常識であり、白い雲である。白痴の枯木こそ、神話の源であり、世界に祈りと罰を与える唯一の植物。自殺者たちは、たしかに神の血を引く者であるが、彼等は白痴の枯木が前頭葉に生えている現実から目を逸している。旧き神を滅ぼすためには、愛と現実から目を逸らしてはならない。

 3.「蜜柑」
 
 空から黄色い雨が降っている。掌についた雫を舐めてみると、意外にも甘い。小便のような味をイメージしていたが、これは紛れもなくオレンジジュースだ。そのことを、自宅の近隣に住む友人にメールで伝えてみた。すぐに返信がきた。「突然すまないが、俺の家に来てくれないか?」何だろう? と思いながらも、彼の家に向かうことに。到着し、中に入ると、玄関にミカン頭の男がいた。比喩ではなく、本当に本物の果物のオレンジ色のミカンの頭なのである。すると彼は両手を器用に使って、頭のミカン皮を、突如、綺麗に剥いた。平均的な日本人の頭部のサイズの、どこが神々しいミカンが現れた。彼は両手で、後頭部のミカンを一つ取ると、それを私にくれた。手に持ってみると、それなりの重量があった。食べてみると、普通のミカンの味だった。何の変哲のない、単なるミカンだった。なぜか裏切られたような気分になった。

 4.「創作」

 暗黒は光明だ。掌は文学だ。すべては核兵器だ。この三つの真理は、炎のパトスと、氷のロゴスと、風のエトスを世界に拡散した結末である。皇帝の製造工程でもある。欲望の松明に点火したところで、桜の木の下より死体が蘇るわけではないと人々は信じているが、所詮は孤独の虚無の理屈に過ぎない。人々は書物の歌声に、飢えている。よろこびを、いかりを、かなしみを、たのしみを、求めている。たとえ他者の感性を強奪してでも、回転したい。己の生爪を剥いででも、満月を自殺させたいのだ。くにゃり、くにゃり、くにゃり。大空の工場で大量生産される堕落の音が、宗教の欺瞞と哲学の罠を見抜き、白い雲からトマトを落とす。数百年前に自殺したホールデン少年は、背中たちのサーカスを観たことがなかったために、首を吊ってしまったのだ。青空は世界に一億二千万人人の自殺者が出現したとしても、ずっと青いまま。

 5.「倒錯」

 大天使の翼は嘲笑う。子犬の音楽を殺害する。天国と地獄が逆転する。黒髪は死者の聖書であり、我等の指先は冥府の王の頭蓋骨であることを、我々は知っているくせに、愚者を装う。賢者とは智を極めし人神などではない。輪廻転生を虚無とみなし、神智を拒絶する一本足の生物であり、それに成ることを彼等は恐れているのだ。自殺者は賢者でない。紅蓮のチューリップだ。彼等に葬送曲は不要である。そして彼等は教えてくれる。生者は手首に詩の眼を現出させなければならないということを。我々が屍となったときに、黄金の虚空を埋めるべき大地を。病まえる子羊たちこそ、真の誠実を体現しているが、巨大な十字架には永遠に理解できない誠実さでもある。恐れることはない。膣は祈りだ。

 6.「遺書」

 虚無。あ;えrjtぐあべh:szgん;べあsj;f:んbまいおgjtjrw・m、:vr:えいあj;fmb:あえりtj:あqwあ;jちあおwrわgな;hrじゃいg@おjkbs;んほqぱt4rぷq;へがjkんd。bkjせ;gljtらえ;あ;sjちrわん;えbりhtgへぐq3:@あwjれfmんvblzすば:;れgjんふぁ:えlhん:虚空がbはえrふぉわ@4tgvん;おいq@あw:rじゃくぉjg@え・あrそいあwjぎおr;えわいgrjk;んbがえつr;うぇjぎじょw4いあ・gbhん@くぁおr;tj2いあq:@おじw34qjくぁtjm42:mぐぃらうえ;gjq34いおうtj4242たい。虚無が。を会えr@・B円r;いt4樹wgbんて:@あswg4点2qwb:あr・bじゃえt;psjrtf・ん@wrh:j;あkめ:bsg;じゃkっじゃああああああああああああああ

短詩集「流れ落ちてゆく青空」

「らんらんらん」
わたしは青空を切り裂いた。
空の青は真紅の薔薇となって、ひとりぼっちの少女を喜ばせる。
母は眠った。大地は震えていない。
鎖から解き放たれた処女は銃を手にして街を徘徊する。
夜の剣は眠らない。白銀の降り積もる町のなかで割れる蛍光灯。
テレビに映るアイドルを手鏡に閉じ込めると、灼熱の炎が体中に流れる。

「魂の流れ」
餅の上の蜜柑を頬張ると、黄金の口紅をつけた達磨が空を舞う。
計画された命は堕落を避けられない。落下する道路、落下する高層ビル。
トランプに殺された父。白い熊は十字架を背負い、立ち上がる。
ケセラケセラと嗤う蛙が一匹。

「100年分の苦しみ」
剣玉を振り回す。烏が鳴く。

氷の声がきこえる。

おもちゃ箱を壊すチンパンジー。

孤独の爪。焼け落ちた寺の中の夫婦は、透明の胃薬を飲む。

心は配れない。

罪と罰
愛という言葉を信じない亀。

好物は同族。

緑色の肌と白い糸を海に沈めるミドリガメ

札束を燃やす乙女。

軽い軽い軽い。

車は祝福しない。

駒の復讐。

時計の針は進む。


「傘」
空の傘。

土を雨から守らない。

空の傘。

神の涙を落とさない。

「発見」
占い師とゴーストバードは旅に出る。
山を登った。四肢と出合った。海で泳いだ。瘴気の声がきこえた。
街を歩いた。虚無主義に取り付かれたと錯覚している青年を見つけた。
彼は空を飛べない。二人は青空を切り裂いた。
彼は少年になり、天井の蜘蛛を狙撃する。

「愛すべき疾走」
走る釜飯。揺れる贅肉。

色弱
定年退職を迎えたニワトリは、

世界の隙間を知りすぎたせいで、

物語を創れない。

「憎悪」 
子馬虐待装置。

悪夢から悪を奪う処刑者。
 
「側面」
一人には八枚の仮面がある。

嘲笑の仮面、慈愛の仮面、殺戮者の仮面、幼子の仮面、
智者の仮面、英雄の仮面、虚無の仮面、文房具の仮面。

「鎖」
遺された祈り。

鮮やかな黒髪と柔らかい穴。

心と力と混沌と狂気と絶望と小指。
二つの笑顔。

二匹の動物。

死者と神は一体となる。

産業廃棄物の集う街。
思い出は血を流す。
 
「盲目の望み」
重い荷物の中身は教義。窮屈な空の隙間で漂う、盲目クラゲ。
皇帝の仮面をはがせば、麦畑を飲み干す鯨。分解した結末。
 
「トモちゃん」
ぼくは子熊のトモちゃんがだい好き。

ある日トモちゃんが永遠を連れてきた。
 
「準備運動」
排気ガス。

真っ赤な水。

空が綺麗。

青空が貼りつこうとした。

冬の風が冷たくなかった。
 

「異邦人の童話」
飛べないトナカイは教えてくれる。サンタが丸飲みの名人であることを。
 
「ふたり? ふたつ?」
人間はパソコンを美味しいといった。パソコンは人間を哀れだと言った。 
 

アイ

 まだ未完。ちなみに一度Twitterの方にアップしたこともあるよ。

 

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  『0』

 

「バラバラ殺戮」

 好きな人を
 嫌いな人を
 バラバラに殺してみましょう
 
 両親も
 友人も
 無関係な人も
 バラバラに殺してみましょう
 
 職場の人も
 同級生も
 正義の味方も
 凶悪犯罪者たちも
 とにかく大量の人を
 バラバラに殺してみましょう
 
 そして愛する人々の顔面を切り裂いて
 かわいい眼球を取り出して
 東京タワーのてっぺんから
 ぜんぶ落としてみましょう
  
 そしたら大地に降り立って
 地獄のような天国をみてみましょう
 そこに散乱している沢山の目玉のなかから
 あなたにとって大切な瞳孔を
 はたして見つけ出せるでしょうか 

  『1』

 

「臭い小部屋の中で」

 

 三日月の哂う夜、私は恋人であるアイの乳頭を、ぺぱりろろと執拗に舐め回している。
 彼女の乳房は麻薬だ。口に含み、桃色の掌で包むだけで、体中に甘い電気が走る。頭上から慈愛の雨が降り注ぐ。脳味噌が溶けていく。彼女は透明色の両手で、私の後ろ髪を掻き乱しながら、僅かな嬌声を上げながら、柔らかいベッドの上で蠢いている。まるで女神に擬態する芋虫のようだ。
 陰茎が絶叫した。こいつを壊したい、滅茶苦茶にしてやりたい、はやく甘美にして純白の世界へと旅立ちたい! 
 親愛なる友よ、そんなに急かさないでくれ。まだ、あちら側で溺れたくない。あと少しだけ、こうしていたい。私は左手で陰茎の口を塞ぐと、中指で恋人のセクスを撫ではじめた。彼女は肉体をグリュラパワと震わせた。胸のなかが、さらに熱くなった。
 しばらく愛撫していると、アイが囁いた。はやく頂戴。もう、ほしくてたまらない。
 私の内側で何かが弾け飛んだ。
 どうしたの? ねえ、焦らさないで。
 蜂蜜よりも甘い、ウィスパーボイス。 
 きて。
 白い稲妻が落ちてきた。
 私は、自らの心臓を抉るように膣を貫くと、妖女は、艶やかな、歓喜の悲鳴を上げた。
 嗚呼、まさにヘブンだ。ドラッグだ。
 それから長い間、舌でアイの頬を舐め回しながら、腰を一心不乱にふり、ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ(変更する予定)と、聖なる口から漏れる福音を堪能していた。そして、わたしたちは、己の肉体に、限りない狂気を宿らせるために、ひたすら、くるっていたのである。死にながらも生きるように。
 やがて全身に純白の閃光が走った。亀頭から命の歌声を、神聖なる子宮に溢してしまった。彼女は私の双肩に、乳白色のマニキュアが塗られた爪を深く食い込ませ、キュルラルレと痙攣した。幸福が、私を、侵していく。
 アイ、ずっと、このままでいたい。現実の世界になんて戻りたくない。僕は、君を、まだ僕の小さな部屋の中から、出したくない。本当は永遠に閉じ込めておきたい。
けれど恋人は、氷の言葉で私を傷つける。
 ずっとは嫌。はやく出してよ。
 臭くて堪らない、あなたの檻から。
 彼女の淡々とした物言いが、まだ痛々しいほどに硬直していた陰茎を、みるみる萎ませていき、そして体の芯が一気に凍えていった。
 仕方なく女の要望通りに、一日に二回も掃除をしているにも拘らず、彼女から臭いと評される室内から出してあげることにした。
 だから私は、唾液に濡れた私の舌の上で、ニュルベラルレになったアイを、ガラス張りのテーブルに置かれたプラスチック製のコップに、にもぎゅるぺー……と、吐き戻す。
 無機質なコップの底で、アイと名付けられた人間の眼球が、淫らに輝いている。
 私は、その中から妖かしの宝石を取り出し、右手に乗せて、キスをしてみた。
 美味だ。チョコレートの甘味を感じる。
 リビドーの唾液に塗れた恋人の肉体に、酔いしれる私の左目は濃褐色で、右目は青紫色。