TH.Another Room

学生時代に書いた文芸作品をアップしています。

「聖剣がそこらじゅうに落ちている世界」

 ある日の朝、散歩中に、またしても大地に刺さりし聖剣を見つけた。ピクミンを引っこ抜くような感じでエイヤッと入手した。どうせ昨晩、勇者の責務に耐えかねた者が、この家のあたりに放棄していったのであろう。
 持主のいなくなった聖剣を見かけるたびに、放っておくと勿体ない気がしてくるので、我が家に持ち運んで大きめのダンボール箱の中で収納するようにしている。だが今回は、いつものように元の使い手が「落とし物募集。こんな聖剣、どこかで見かけませんでしたか」という類の内容の貼り紙を街中に貼り付けることなど全く考慮せずに、さっき手に入れたばかりの、この伝説の剣で、このまま隣町付近にて悪さをしている一匹のゴブリンを退治しに向かおうと決意した。そして、俺はウルトラ・グレート・スーパー・ヒーローと鼻歌を歌いながら、かつて前世で探索した経験があるのかもしれない洞窟の中に入っていった。
 いつであるのかは知る由もないが、以前、真面目に踏破した覚えがあるおかげなのか、初見での攻略をはじめたにも関わらず、スイスイ進める。もともと自分には多少の戦闘力があるし、おまけに天使のような何かが雑魚敵の少ないルートを案内してくれるという能力も備わっているのだが、それらだけが原因ではないのだと直感できるのである。
 だが、しかし、なんと、このダンジョンには、いや、このダンジョンにも、悲しきかな、私の劣悪な観察眼では、これといって特筆すべきポイントが見つからない。はっきりいって描写のしがいがない。なぜならば「えー、解説なんて面倒くさいからヤダ。自宅にあるゲームの攻略本の39ページを見ればイラスト付きで詳しく解説されてるから、そっちを参考にして頂戴」とあしらっても、読者諸氏にとっても無問題だからである。ちなみに攻略本の攻略対象となっているゲームのタイトルは、無事に帰還してから書き記すと約束しましょう。お楽しみに。
 ここまでの文章は、今日の日記に書き写す予定の、スマホのメモ帳アプリにメモしたものである。ゆったり、のんびり、ダンジョンの探索ができているという証である。探索中に、こんなん記録できる余裕持てちゃう俺つえー。
 そんなこんなで最深部に辿り着いた。
 とてつもなく、つまらない話になるのだが、そこにボスのゴブリンはいなかった。
 スマホの中には、今日、殺すつもりでいたゴブリンのデータも、しっかり保存されていたのだが。どうやら数日前のネットサーフィンは徒労に終わってしまったようだ。
 だが、本当に敵は、どこにもいないのだろうか、と、疑う価値があると判断し、移動呪文でサッサと帰宅はせずに、最深部の調査をできるところまでやっておくことにした。
 聖剣の柄が、おかしくなったのである。
 幽霊のように、毎日、毎日、喧しいお前のために、なんで俺が、こうも働かなくてはならないのだ、と、喚いている若い男の怒鳴り声が、右の手に握り締められた勇者の剣から聞こえてくるようになったのだ。
 瞼を閉じれば、男の姿も、はっきりと浮かんでくる。プレートアーマーに身を包んだ、どこかの国で働いている騎士である。
 なぜ君は兜の中から声を発してくれていないんだ? そして、なぜ、その兜の目の辺りの暗闇から、俺の中に封印されているはずの工場の燃え盛る映像が映し出されてる?