TH.Another Room

学生時代に書いた文芸作品をアップしています。

「特別な仕事」

 火を点けられたばかりの一輪の花がある。それはステンレス製の作業机の上の、水垢の全く付着していないガラスの花瓶の中で燃えようとしている。しかし、なぜだか一向に燃え殻と化す気配がしない。数時間前から眠気を堪えつつも、しっかりと観察しているのだが、不老不死の呪いをかけられた美少年のような線香花火が、いつまでたってもチリパチと煌めくことを止めようとしてくれない。
 はやく家に帰ってベッドで寝たい。しかし今、私は何者かによって椅子に縛りつけられ、身動きの取れない状況下にある。だが、この花を見張るという大事な仕事があるから逃げ出すわけにもいかないのである。
 ぽぴっ。雨の滴が頭髪に落ちてきた。背後からライオンに噛み殺されないかどうかが心配になった。そんな不安にもお構いなしに赤い薔薇はチリパチと燃えている。花びら自体が炎となったかのようにも見える燃え方だ。
 そして、この目の前の花瓶には、あるはずのものがないらしい。生じるはずのものが生じていないらしい。昨日の夢に出てきた、ただただ不思議な薔薇を見張るというだけの仕事を押しつけてきた依頼人の男が教えてきた情報となる。いかなる意味が隠されているのかは知る由もないが、あの禿鷹のように鋭い目を備えた男から頂けたものであるのだから、きっと宝物のような何かを発見するための重要な手がかりなのだろう。
 だが、もう流石に飽きてきた。いい加減、現実の世界に戻りたくなってきた。まだ長い眠りから目覚められていないのであろうか。大草原のど真ん中でしている仕事にしては、味気ない。なぜチーターは空を飛んでいない? なぜ足元に、天駆ける獣の心臓を狙い撃つための弓矢が落ちていないのだ? 
 そう願った途端に、何者かが、こちらに向かって歩いてきた。花瓶と共に、燃える薔薇が消えていた。この世界から机と椅子も失われていた。ここに残されているのは僕と、黒い髪を生やした少年であるような怪物だけ。 
 彼には顔がなかった。首から上が円状の暗闇に覆われているのだ。だが、しかし親近感ならば覚えられる。なぜならば、私と同じように、存在しているという証が足元に映し出されているのだ。さっきまであった花瓶にはなかったはずの、黒い影と、彼は繋がれているのだ。私たち二人の頭上にて光り輝く太陽が、そう教えている。