TH.Another Room

学生時代に書いた文芸作品をアップしています。

「魔術師の塔」

 東京タワーに足を運んだことは一度もないのだが、テレビや雑誌などでは何度も目にしてきた。いま、私の目の前にそびえ立つ、この巨大な塔は、東京タワーに酷似しているのだが、塔の周囲には田園風景が広がっている。狭い砂利道の傍らにて大爆発のような何かを待ち望んでいるかのように直立している。大都会に対して独特極まりない憧れを抱いた建築家の仕業なのであろうか。日傘をさしながら、慣れない土地を散歩してみた甲斐があったというものだ。地図を持ってくるのを忘れてしまったがために、今晩、宿泊する予定の旅館が、まったく見つからずにいるせいで生じていた苛立ちが解消された。
「もしもし、そこの貴婦人」
 背後から、田舎者とは全く思えそうにない姿をした男が話しかけてきた。
「こんにちは。私は怪しい者です。しかし通りすがりの魔術師でしかありません」
「こんにちは。今日は暑いですわね。この魅惑的な建築物の持主の方でしょうか?」
「おや、目聡い。その通りですとも」
 マジシャンはシルクハットの中から鳩の死骸を取り出し、それを塔の下へ投げつけ、メリゴリと超能力による遠隔操作によって埋め込んだ。一分も経たぬうちに、一本の木が生えてきた。木の枝には、珈琲豆のような赤くて丸い何かが大量にぶらさがっていた。
「鳥の死臭がすることで有名な黒い飲み物が、このあたりでは流行っているのですか?」
「いえ、この術は、単なる開錠に過ぎません。さあ、中では愉快なショーが貴方を待っておりますよ。どうか、勇気を出してください」
「申し訳ないのですが、こちらに入る気はないのです。はやく、今日の夜に泊まる旅館を探し出さなくてはならないの」
 そう言うと私は目の前の東京タワーにそっくりな建物の正体を見極めようと、日傘を天に突き上げた。一時的に本来の姿に戻ることにしたのだ。両肩の内側にしまっていた白い翼を二つ、ブチュアルリと鮮血を飛び散らせながら生やした。慣れない苦痛に耐えきれずに涙を零しながらも、とにかく根元の真っ赤な白い翼を羽ばたかせ、塔の頂上を目指した。
 そこに到達する前に私は死んでしまっていたが、とりあえず登りつめる前に、あれが東京タワーとは似ても似つかぬ、卒塔婆のようでありながらジェットコースターでもあるような枯れ木だと判明したから幸いなのである。そして、死後もなお、あの枯れ木が朽ち果てぬわけを探すための旅に出れるのだから有り難い。そのおかげで、この翼の根元の真っ赤な血が洗っても洗っても落ちないのだから。