「あらゆる眠りへ」
奇抜な男を見かけた。悪夢の目をしていて、三日月の唇を右手で隠した、黒いシルクハットを被った青年が、喫茶店で読書をしている。彼がガラスの向こう側で、ブラックコーヒーを嗜んでいるのかが知りたかったので、私は私の両眼を店内に潜り込ませた。
左目曰く、男は耐え難き命の苦悩から、数時間後に自殺するつもりでいるらしい。右目曰く、男は古時計の中で最期を迎えるらしい。
おそらく、私たちの思い出の中で埃を被っている。あれの、ことだ。
今も鮮明に覚えている。私が少女だった頃、あなたが鏡の前で虚ろな目をしたお祖父様を、包丁で刺し殺したシーンを。少年の涙が、あなたを恋い慕う女の膣の奥に忍び込んでいるのだと、気づかせてくれた、時計の長針。
永遠に愛しているとは、もう伝えられないのね。でも、それでいいわ。あなたが、過ぎ去りし日々の炎を抱えながら、生きていてくれたのだと知れただけでも、私は、幸せ。