殺戮のルナ・メイジ 9章
エルザが死んだ次の日、私は学校にいた教師と生徒を、一時間も経たないうちに皆殺しにした。あそこまで容易く殺れるのなら、もっと早く決行しておけばよかった。刃向かう敵の殲滅を成し遂げたあと、激しい興奮のあまり、薄汚れていて悪臭の漂う野蛮人の両腕両足と、かよわくて醜い小人の両腕両足を、祝祭の鮮血とともに、屋上から暗黒の十字紋が描かれた校庭に、どばら、どばら、と、撒き散らすと、最高に心地よかった。
ただ、騒ぎを聞きつけた国の武力組織であるダーク・ジオの面々が、空から校舎に突入してくるという事態を計算に入れていなかったのは、失態だった。もしかすると、あのダーク・ジオなら――たとえ自国外の大量殺人犯の魔術師であろうとも、積極的に勧誘を行い、その者を厚遇する組織になら――命が狙われるはずもないという甘えがあったのかもしれない。(もっとも奴等からのスカウトなど、断固として断るつもりではあったが)。
だが結局のところ、彼等もまた無力に過ぎなかった。私が無傷のまま、あっさりと奴等を皆殺しにできたという事実に、大爆笑が止まらなかった。いくら組織の連中が魔十字鎧(まじゅうじがい)に身を隠したところで、ルナ・カノンの前では、所詮は丸裸にかわりなかったのだ。しかも組織の長であり、人界の魔王と畏れられた魔術師を、奴が油断していた隙を突いただけとはいえ、まさか呪文を一発唱えただけで殺せたとは自分でも未だに信じ難い。おまけに魔王の白い覆面を引き剥がしてみると、なんと正体が養父であるベルギムだったとは! 表向きは紳士的な人物を装いながらも、可愛い一四歳の娘に、L側の者を匿う国を壊滅させるための魔術師を養成する学校へ強制的に転学させた中年男ではないか! 自宅の地下室で犬や猫や白い十字紋の付いた人間を魔術の実験台にして徹底的に痛めつけることを何よりの愉悦としていた可哀想な豚男ではないか!
これでよかったのだ。こうしなければ母さんだって、いつまでも苦しいばかりだった。好きでもないどころか、肩に触れられるだけで嫌悪感が露骨に顔に出るほど生理的に受け付けないようなやつと夫婦でいたって幸せになれるはずがないのだ。今の私の力をもってすれば、レナに苦労をさせずにすむ自信はある。そして明日になれば、どんなに激しく怒られたとしても、泣きつかれたとしても、無理矢理にでも、どこか遥か遠くの国へ、私たちの顔を知らない人たちの住む国へ連れていって、今度こそ安らかな国で暮らさせる。
この日は、夜遅くになっても、約100匹のピラニアが泳いでいるプールのついた、悪趣味で成金趣味が全面に出たギラギラ豪邸には帰らず、学校の倉庫内で、古びた木の机やら椅子やら拷問器具やらを、鉄パイプでグシャベボコにしながら、ひとりで馬鹿笑いしたり大泣きしたりしていた。ほんとうは、事の最後に、父をバラバラに分解してからすぐに、レナのもとへ戻ったほうが、良かったのかもしれない。でも、どうしても家に戻るのが怖くて堪らなかった。さすがに、あそこまでしてしまえば、目の前で拒絶されると思って。かつて住んでいた家に襲いかかってきた白い兵隊や、ハンネを誤って殺してしまったときも、何も言わずに、泣きながらも、抱きしめてくれた母でも、今度という今度は。
ジュドがやってきたのは、暴れ疲れて土埃だらけの床の上で、マットも敷こうとせずに寝ようとしていた頃だった。
【ルナ様】脳内に伝わってきた声は震えていた。普段、無感情で、何事にも無関心な彼から、ひどく吃驚させるほどの動揺が、短い台詞から伝わってきた。【重大な報告が】
起き上がると、思わず目を見開いた。その紺色の冷たい瞳から、殺人鬼の心臓を鷲掴みにする、一筋の涙が流れていたのだ。
(……どうしたの?)
ジュドは、その問いには返答せず、白い便箋の入った、一通の封筒を差し出した。
【ルナ様】
私は、それを開封し、中身に目を通す。
【貴女なら、私を殺せますか?】
私は、自分自身でも不思議なくらいに、冷静に、穏やかに、言えた。
「使い魔に主の選択を止める権利はないんでしょ? あんたには何の罪もない。むしろ嬉しいわよ。そこまで母さんを想ってくれてただなんて。それに、どのみちレナは、ああしていたに違いないわよ。いつかは、きっと」
大粒の涙すら流せずに言った。
「わたしこそ、ごめんなさい。おかあさん」
もう生きる意味は、なくなった。
私は倉庫から抜け出し、空に飛び立つ。私が、私を終わらせるところは、既に決めてある。
アモーゼ島は、まさにルナ・カノンのためだけに作られたような場所だと、円い深淵の傍に座りながら思った。夜空には満月が浮かんでいるが、あれすらも、この底無しの闇に放り込んでしまえば、きっと二度と戻ってこない。
最期に何を、虚空へ言い遺そうか。特に叫びたい想いなど、がらんどうの肉体に、あるはずもないのだが、それでも何かを、ぽつり、ぽつり、と、歌わなければ、ならないと、感じていた。頭のなかに今も棲みついている、四肢のちぎれた沢山の彼等から、母さんから、見つめられているような気がしていた。
しかし言うべき言葉が、じっとしていても思いつかず、仕方なく、藍色の瞳を閉ざし、ゆっくりと立ち上がり、体から力を抜いて、ゆわり、と、身を穴に投げ出し、地獄へ近づいていくうちに、ようやく、それが、脳裏をよぎる。
両親が
愛する我が子のために
してやれることは
かぎられている
ただ自殺してやることだ
あるいは
子どもが生まれたばかりのうちに
ナイフで跡形もなく
紅い無へ還してやることだ
これ以外の善行など
しょせんは麻薬だ
これ以外の祈り方など
ありえはしない
このまま身を任せていればいい。こうして、ずっと瞼を閉じていれば、やがて、私は、いなくなれる。この無限の漆黒を求めていた。誰もいない。恐ろしい人もいない。傷つく人もいない。大事な人もいない。なんて素晴らしい軽さなのだろう。
そして、これ以上、呻くべきことは、もう何もない。
あとは、ゆっくりと死を待つだけだ。
このときの私に、永遠の光が訪れるとは思っていなかった。