詩「切り裂きジャックの証」
切り裂きジャックの証が欲しかった頃
俺は赤い血の中に花束を見た
一粒の砂の中に吐き気を覚えた
天井の蜘蛛に悪意をぶつけた
見えないナイフで愛する人を切り裂いた
切り裂きジャックの証を手に入れた時
夕焼けが俺の目を抉った
一杯の水が女神を殺した
兵士たちは狂える羊の腹の中にいた
世界のどこかで死者が産声を上げた
切り裂きジャックの証を失った間
瞳の奥にある言葉を失った
悪鬼は銃を撃ちまくった
聖者は仮面を外し、豚の顔を晒した
俺は暗黒の中にゆりかごを見た
切り裂きジャックの証を取り戻した夢の中で
俺は太陽を切り裂き、月を目覚めさせた
死者と生者に差がないことを知った
移りゆく季節の中で大地のために祈った
一面の黒の笑顔は何よりも優しかった
だから
切り裂きジャックである必要はなくなっていた
切り裂きジャックの証を空に返した日
夢は必ず叶うと知った
命は誰かのためにあると分かった
愛は俺だけの空を見せてくれた
魂のなかで本当の笑顔が待っていてくれていた
しあわせの国
君はぼくらの姿を見つけたのか? ははは。びっくりしただろう。ぼくらは君と目を合わせることができてすごくうれしいよ。今日は一段と爽やかな青空だね。ほら、空に花も咲いている。君はぼくらの声が聞こえるようだから、ぼくらのことを教えてあげよう。
ぼくらは神のみなしご。悪魔の祈りと天使の嘆きと共に生まれてきた。崇高なる愛はぼくらを包みこみ、青空には、一輪の白い花が咲いている。ぼくらの内側に住んでいる悪魔はいつも、天使よりも優しく笑うんだ。
ん? 目が点になっているね。そうか、君は人間なのか。ならもっと分かりやすい言葉で教えてあげないと。ぼくらのことを。
ぼくらは「しあわせの国」の住人。ぼくらは知らないだれかの、幸せを望む意志の集合体。いつもは人間の形をしながら、人間の世界で日々を過ごしている。でもそれはぼくらにとって仮の姿。本当の姿は大いなるマザーのみが知っている。マザーはすべての器に聖なる水を注ぐ存在であり、神と同一であり、知るものではなく、感じるものさ。もしかすると君はマザーに選ばれた者かもしれない。
ぼくらは夢を見るから、「しあわせの国」で毎日祈る。太陽と月といっしょに。月にうさぎは住んでいないけど、泥まみれの人間には言葉にできない美しさがあった。ぼくらは光の意志の集まりだからこそ、彼等のために祈る。見知らぬ誰かへの祈りこそ本当の愛のはず。君は誰かのために祈ったことはあるかな?
「しあわせの国」には、ぼくらだけが住んでいるんじゃない。羽の抜け落ちた赤い天使や、虚ろな目をした青い悪魔、マザーのヴォイスが聞こえる人間の女の子も暮らしている。君にとっては天使が赤くて悪魔が青いことが引っかかるかもしれない。彼等には天使や悪魔の世界は窮屈すぎたから、こっちで暮らしているんだ。たしかにあそこは、つまらないと思う。何というか広いのに、狭いんだ。まあ、君には関係のない話さ。彼等の体の色が変なだけで、彼等を穢れた魂だと決めつける世界に興味はあるかい?
そして天使や悪魔はともかくとしても、人間の少女までもがぼくらと一緒と聞けば、驚きの声を上げるもしれない。彼女は天国に行くはずだったんだけど、何故かそれを拒んで地獄に行こうとしたから、困り果てた天使がぼくらの場所へ連れてきたんだ。
彼女に会いたいって? それはできないんだ。彼女はかつてとても恐ろしい言葉を友達にかけられて以来、人間とは話すことができなくなってしまったんだ。ぼくらと話している彼女はいつも笑顔なのにね。
ん? 「しあわせの国」がどこにあるかだって? 君はもう死んでいるんじゃないかって?
いや、君は例外中の例外さ。君はすべてに愛されているから、ぼくらと話すことができるんだ。君は愛されているんだ。大地から、空から、君のことを君よりも知っている誰かから。そして君は君だけの場所で生きているんだ。誰かの魂と一緒に。そしてぼくらは君のために、ここにいる。君を待っている場所はしあわせの国なんかよりも、ずっと綺麗なところなんだ。しあわせの国にはないものがたくさんあるんだ。君が世界に愛されているから誰かが場所を作ってくれるんだ。何が言いたいかというと、「しあわせの国」なんか無理に探さなくてもいいってことさ。
それでも、せっかく会えたから教えてあげよう。そう、「しあわせの国」はね、人間の眼では分からないところにあるんだ。「しあわせの国」へ入国するためのパスポートなんかない。ただだれかの幸せを願う意志さえあれば、気づかぬうちに「しあわせの国」に住んでいるんだ。ぼくらは「しあわせの国」で幸せを味わうのではなく、だれかの幸せをひたすらに祈るだけの存在。そんなぼくらを頭上に輪を浮かべた白い天使達は、時々こんな風に嘲笑う。
「お前達は愚かだ、何故このようなところで、馬鹿げた祈りを捧げるのだ。貴様等は知らんのか? 祈りは何者にも届かないのだ。まして人間ごときに祈りなどは不要だ。そうだ、今だって人間は我らの住処を穢している。犬猫や猿ですら奴等と比べれば敬虔なものさ。欲に塗れた人間共の世話はもう嫌で仕方がない。天国へ行くためのパスポートをもらうために、必死で醜い手のひらを隠しながら生きる奴等が本当に望んでいるのは、自分だけの幸福。自分のためなら他の奴等がどんなに不幸になっても構わない。そんな奴等のために俺達は……」
彼等は、ときどきぼくらの前に姿を現して、しあわせの国で羽を休めにくる。そして時々、ぼくらと人間の魂を嘲る。ぼくらは天使達の顔を見るたびに、時々こんな風に思うんだ。
嗚呼、天使もまた祈るのだ。清廉なのだ。彼等もまた神のみなしごなのだ。本来なら彼等のような存在こそが誰かに愛されるべきだ。ぼくらは彼等に対しても祈りを捧げたい。いつか天使達の魂も誰かに祝福されるべきだ。ぼくらは、すべての魂が幸せであってほしい。永遠じゃなくても、刹那の間だけでも、誰であっても、本当はずっと笑顔でいてほしい。
ぼくらの中に潜む黒い悪魔はそんな天使達に美酒を勧める。パンを食べたり、音楽を聴いたりしながら飲む美酒は格別だと。ぼくらの悪魔は人間や天使たちに、いつだって優しい。あとで君も彼を意識してごらん。彼等の見かけは怖いけど、実はすごく優しいんだ。
悪魔はぼくらだけではなく、人間や天使の中にも潜んでいるんだ。人間や天使の命の重さに嫌気が差して、誰かの不幸を強く願う悪魔もいる。悪魔というより悪霊なのかもしれない。彼等は時に、宿主の中で黒い言葉を囁き、魂を黒く染めあげる。そして宿主もまた彼等のように、誰かの不幸のために、行動する。それは人間の世界では、よくあること。いつの時代だって子どもも大人も、下らないことで争い、誰かの宝物を奪い、誰かと殺し合う。
そう、人間世界では珍しくもないことさ。
時々ぼくらは人間の悪魔を見つける。いつも彼等は瞳に悪夢を宿している。歪んだ笑顔をつくりながら、誰かを見つめている。黒い血が体中に塗られている。神は死んでいると言いたそうに、口を動かしている。けれど、その嘆きの声は世界に届かない。人間はいつだって彼等の意志を怖がってしまうからだ。
けれど、ぼくらには彼等の渇いた叫びが時々、はっきりときこえてくる。
「俺達は心の底から、誰かの不幸を求めているわけじゃあない! ただ寂しくて怖いだけなんだ! ただ、幸せが欲しくてたまらないだけなんだ。ただ誰かと魂を繋げたかっただけなんだ。俺達はただ生きている証が欲しいだけなんだ。命に貴賎があったとしても魂に貴賎があるというのか! もし世界が俺達を糾弾するならば、俺達は世界を刃で切り裂いてやるさ。神のみなしごが夜空の下で、誰かの魂を弄ぶようにな!」
ぼくらには分かる。彼等もまた、マザーを求めているだけのありふれた魂にすぎないのだと。ただ暗闇に怯えているだけなのだ。彼等もぼくらのように誰かを想っているのだ。想いが届かなかったから、彼等は世界にとっての悪となっただけだ。彼等の命がどのような過去を持っているかは知らない。だけどぼくらは彼等の中に、一輪の白い花を視る。彼等からは音無き詩を思い浮かべる。ひたすらに命の泉を求め、心の中に花束を描くような、限りない慈愛に満ちた言葉たちを。そう、君の中にもある、それのことさ。
そしてぼくらは想う。どんな魂にだって祈りの詩は届くはずだと。天使も悪魔にも差なんかない。命の役割が違うからこそ、詩は必要なんだ。聖なる死者は歌う。幸せを探した人間の歌を。青い鳥が羽ばたいている場所はぼくらには分かっているけど、歌の中に出てくる人間は気づいていない。「しあわせの国」は、いつでも誰かの隣にあることを。一瞬のうちに現れて、一瞬のうちに消え去ることを。その一瞬のなかに、マザーのぬくもりがあることを。一粒の砂の中に花束があることを、ぼくらは信じている。どんな世界の大空にも、真っ白なバラが咲いていることを。どんなに狂った世界の中であっても、その世界で生きる誰かが、痩せこけた魂の限りない幸せを望んでいることを。
そしてぼくらは、ぼくらを知っている君のために、ささやかな祈りの言葉を贈りたい。
ぼくらはいつでも幸せのために祈っている。「しあわせの国」はみんなのものだ。ぼくらの一日は誰かのためだけにある。君が笑顔でいてほしいからぼくらは祈る。すごくシンプルなことだ。君はぼくらの言葉を古臭いと笑うかもしれない。でもぼくらはサビついた言葉の中に、一筋の光があることを信じている。シンプルでもいい。レトロでもいい。ただ幸せであってほしいから、ぼくらはいつまでも祈るだけ。君はぼくらを楽天家、あるいは愚か者と罵りたくなるかもしれない。でもぼくらは信じている。言葉は世界そのものとなり、君の手の中に物語が広がることを。その物語が誰かの夜明けとなることを。朝の空に浮かぶ太陽の光に、幸せを感じることを。青空の下で誰かの笑顔が輝くことを。友達や恋人と笑い合う日々の中に、生命を感じることを。ありふれた世界のどこかで一瞬のうちに永遠を感じることを、ぼくらは奇跡と呼ぶんだ。
……おや、君にはもう、ぼくらの姿は見えなくなってしまうようだね。だから、ここでお別れだ。でも最後に一つだけ。もし君が世界を憎む日が来たのなら、どうか思い出してほしい。君の笑顔を見るたびに、ぼくらは幸せになれることを。
魔法のキノコ
死んだはずのパパから手紙と小さな木箱が家に届いた。正直、パパに対してはそれほど愛情もなかったので、どうして死んだのかは知らない。でもパパのくせ字は凄く好きだったから、誰かがふざけて出した手紙じゃないのは分かった。
手紙には二行しか書かれていなかった。「このキノコは魔法のキノコだよ、噛むよりはしゃぶったほうが美味しいよ」
たしかに箱の中には1本の、マイタケのようなキノコが入っていた。一見何の変哲も無いキノコだけど、触ってみたら私の中が、もやもやしてくる。この感じが面白かったので、ママの目の前で箱からキノコを取り出して、無邪気に言ってみた。
「ねえ見て、パパからのプレゼントだって」
するとママは血相を変えて、私の手からキノコを奪い、それをしゃぶりはじめた。目をトロンとさせながらジュウジュルジュジュジュジュルと気色悪い音をたてている。頬を桜色に染めつつ、恍惚の笑みを浮かべながら、いつになってもキノコを口内から出そうとしない。夜になって「ごはんまだ?」と尋ねても返事をせず、ひたすらキノコをしゃぶり続けている。お母さん曰く「懐かしくて、お父さんの香りがする」らしい。ママはキノコが家に届いて以来、涙を流しながら、よだれをダラダラこぼすばかりで、最期の最期まで、まともに話すことができなくなってしまった。
まあ元々お母さんはいつも虚空にむかって「あなた……あなた……」と呼びかけていた人なので、特に不思議なことじゃない。キノコによって、おかしくなるのが早まっただけ。
あのキノコは確かに魔法のキノコだ。魔法というよりは「甘い毒」? キノコが届くまで、それなりに平凡な生活を送っていたお母さんは、それを口にしただけで、一瞬にして真の狂人と化した。私はママを愛している平凡な六歳の少女だけど、ママが狂気に侵食されたことを悲劇に思えない。むしろ喜劇だ。自我が崩壊し、線路から外れても走り続ける列車のような人間は、見ていて楽しいから。
そして妬ましかった。お父さんがあのキノコを何の意図で我が家に送りつけてきたのかも気になるけど、それよりお母さんの恍惚とした笑顔が、とにかく眩しくて仕方ない。
だから私も魔法のキノコをしゃぶってみた。嗚呼、死にたくなるほど美味しい。口のなかにユートピアが形成され、その甘味が、私の世界を壊してゆく。そのあと私には記憶や身体に何の意味があるのか、分からなくなった。マイタケみたいな体になってもいい。エビ? エビ? が見える。不純に塗れた現実は一本のキノコによって丸裸にされたのだ。夢と現実には差がなくて、希望も絶望も幻だって近所のお友達が言っている。
しゃぶり続けるうちに、死んだはずのパパが、みえてきた。あたしはまだ六歳だけど難しい言葉も使えるから、実はすごい天才なのかな? と尋ねてみたら、お父さんは私の頭の中へ入ってきた。すーって。
そしたら今度は、すぐに口の中からパパが出てきた。パパの体はクマみたいに大きいのに、すごく簡単に、するりと出てきた。お父さんから危険な香りはしてこない。でもお父さんは今度、私の手からキノコをかき消して、また口の中に入りこんでくる。頭に入る分には痛くなんかないのに、口に入ると体全体――特に下腹部が滅茶苦茶痛い。
体が熱くて痛くて苦しくて気持ち悪い。何かに舐められているような感じもする。死んだ方がましな気がした。キノコはナイフになって下腹部に向けて突き刺してくるから痛い。あーあーべちょべちょ、わたしが、臭いマイタケに侵食されている。ナイフはそれでもひたすらに突き刺す。いつまでもいつまでも。
ナイフがナイフであるのは決して刺し飽きることがないから。どれくらい時が流れたのか分からない。でもナイフで抜き挿しされる度に、痛みが消えてゆく。むしろ甘く甘くなってゆき、最終的にはナイフなしでは生きてゆけなくなりそうな位。蕩けてくる、からだが。ナイフが一生懸命だから。
やがて体のみならず脳内もトロトロしてきて、すごく気持ちがいい。私はおかしくなっても、きっと夢心地から覚めないだろう。母と私は、もう一歩も動けなくなるだろう。
私は試されている。現世から。現実から。何が言いたいのかわからなくなっても、私は生きていたい。私は幸せでいたい。確かなのは、私とお母さんが幸せなこと。きっと焦土に包まれた世界でも、私達は幸せ。
キノコはナイフとなって教えてくれた。この幸せは、神様の贈り物。永遠不変の快楽は私に一切の悲しみを忘れさせてくれる。あの日、お父さんがナイフで手首を切って自殺した瞬間や、私のお母さんが本当のお母さんじゃないって分かった日も、今は良き思い出なんだ。私たちは女神に祝福されている。
あなたは私の幸せに、何か文句あるの?
リンとトビー
『1』
青いウサギのリンは、雪の降る白い空を眺めながら、ふと思った。神様、カンナちゃんは、どこに行っちゃったの、と。
カンナは、ちょっぴり不思議な女の子。心の中で念じるだけで、スプーンを曲げたり、ガラス製のコップを本物の白鳥に変えたりすることが、できるのだ。そんな彼女にリンは懐いている。理由は三つ。はじめて出会った時、道端に生えていた草を、大好物のニンジンに変えてプレゼントしてくれたから。あの子犬のような目が好きだから。雪の降る野原で一緒に遊ぶのが楽しくて仕方なかったから。
リンは今日もまた、自分が住む森を抜け出して、小さな町へやってきた。この町にはカンナが通う中学校や、彼女の大好きなシュークリーム屋がある。僕が時々、あの子の愛する場所に行けば、きっと見つかるはず。そう信じて、いつも一生懸命さがすのだ。
今から約一年前、カンナは育て親の伯父と共に行方不明になった。たった“一体の家族”を残して。リンは思う。あの二人が早く戻ってこないと、トビーは寂しさのあまり溶けていなくなっちゃうかもしれない……。
だから、めげてはいけないのだ。トビーと自分のためにも、二つの心臓の奥を取り戻すためにも、とにかく諦めては駄目だ。僕は絶対に、あの暖かな思い出の日々を取り戻す。
そう願う彼の青い体毛に白い雪が纏わりつく。人気の少ない寂れた町の中央にある時計台の二つの針が十二を指す。街道を二人の少年少女が歩いている。冬の風が寂れた建物の間を、すり抜ける。リンは、ポツリと呟いた。
「……どうして、いなくなっちゃったのかな。僕たちのことが嫌いになったのかな……」
すると、それに応じるように、後方から柔らかなヴォイスが聴こえてきた。
「リンちゃん。きっと、それは違うさ」
振り向くと、そこには大親友のトビーが、プカプカと浮かんでいた。彼は見かけだけならば平凡な雪だるまであり、人間の6歳ぐらいのサイズである。こいつが一風変わっているのは、カンナの魔力の篭った二つの黒っぽい石ころが、目として使われている点だ。そのおかげでトビーにも彼女と同じように神秘的な力が宿っているため超能力も操れるが、さすがにカンナと比べればレベルは低く、体を宙に浮かべたり、人間のように会話したり料理したりするぐらいしか、できない。だがトビー自身は、それくらいで充分だと思っている。
大体の雪だるまは、人間や動物と仲良く遊べれば、魂の底が満たされていくイキモノ。それが彼の思想。超能力では彼等を驚かせることができても、心の助けにはならない。それが彼の信念。
そんなトビーのことを、リンは、ひたすら尊敬している。カンナと同じぐらい好き。僕にとっての永遠の友達の一人。彼は単なる雪だるまじゃなく、神様に愛された雪だるまだ。
「おはようトビー。やっぱり今日もカンナちゃんを探しに来たの?」
「ああ、それも兼ねての散歩さ。先週から僕好みの雪が降ってくれて実にありがたいよ」
「じゃあ、嫌いなタイプのもあるんだ?」
「ああ。雨混じりの雪は最悪だね」
それから、しばらくの間、彼等はこのような感じで、おどけ話を続けた。やがて、いつの間にか話題がカンナのことに変わった。
「ところで今日は、あそこ、行った?」
「あそこって、どこだい?」
「ほら、昔カンナちゃんが住んでた家だよ」
「見てみたけど、いなかったよ」
「そっか……やっぱり、そうだよね」
リンは、しょんぼりして、耳をペタンと折り曲げて、顔をうつむけた。
トビーは慰めるように言った。
「会えると信じていれば会えるものさ」
かつてカンナは、この町にある小さなレンガの家で母親と共に暮らしていた。だが、ある悲しい事件が起こって以来、二人は永遠の別れを迎えてしまう。そして養育者が伯父のルドルフに変わり、隣町へと引っ越してから、リン達とは、あまり会えなくなった。彼女曰く、「おじさんの仕事の手伝いが忙しくて、一緒にいられなくて、本当にごめんね」
リンは目を閉じて回想する……かつては、あんなにいっぱい遊べたのに。みんなで雪合戦したり、スキーしたり、紙ヒコーキを飛ばしたり……あの頃は一番楽しかった……。リン自身、こんな風に過去に浸ったところで無意味なのは分かっている。だが、それでも、逃れられそうにない。ある種の呪縛から。甘く透明な鎖の支配から……ぼくは果たして、このままでいいのかな……。
「ねえリンちゃん」彼の表情を察したトビーは、「もしカンナが見つからなくても、僕はずっと君の友達さ。だから、あんまり悲しいことばっか考えてても辛いだけだからさ、ばかになろうよ」 リンは「ばか」という部分に疑問を抱き、首を傾げた。
「どうして?」
トビーは優しく言った。
「僕は君と一緒に遊んでる時の、ばかみたいな笑顔が好きだからさ。とにかくウサギライフを楽しもうよ。そうした方が、きっとカンナのためにもなる。 そう、いつかカンナと再会した時のためさ」
それを聞いて心が安らかになったのか、リンは耳を、ぴょこんと上げて、こくんと、頷いた。
「ありがとう。僕の友達でいてくれて」
『2』
空に橙色の満月が浮かび上がり、リンが森の中へ帰ったあと、トビーはカンナたちと共に住む家の庭で思考にふける。他の誰にも“絶対に読み解かせるつもりのない思考”を。
『3』
ぼくは嘘つきだぼくは嘘つきだぼくは嘘つきだ本当は誰かに殺されるべきだカンナやルドルフよりも無惨に死ぬべきだぼくの力は所詮子供だましのまやかしでしかなく誰かを助けることなんて出来やしないぼくの体はどれだけ熱い太陽の下であろうとも溶けないけれどナイフでコナゴナになりたいそしてあの家の地下室で三人一緒に眠りたいみんな地獄で胎児となって血の池に溺れて頭の中を殺したいけどそれはそもそもカンナも考えていたことだ唯一の心の拠り所はぼくとリンだけ君は本当のところ殺していないよメッタ刺し殺したのは夜空だルドルフは夜の闇に抹殺されるのが運命だった沈黙の死者が呼んでいない現実なんてない世界に人間なんていないいるのは動物だけ無垢の信頼を汚し首輪と手錠をかけて……る映像を殺したい撮影された悲劇的喜劇がぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくカンナの泡と首と服の下を守るには必要な行為だったルドルフにとってもぼくにとっても儀式だった本当は死ぬべきだ破壊されるべきだ夜に夜に夜の牙にぐちゃあぐちゃあぐちゃあルドルフのようにカンナの純白と真紅の液体を濃褐色の液に流し込んだ精神を粉々に分解して皇帝への憎悪をナイフでナイフでぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶん……カンナの行為は正当だ当然本物の悪はルドルフに決まっているけど僕は何も見ていないはず
幸いなのはリンが真実に気づいてないこと
ぼくは穢れた雪だるまだけどあの子の希望を奪いたくないぼくは絶対に守るぼくは沈黙の嘘を吐き続ける溶けるまでそしてリンだけでなくカンナのためにもぼくは遺書を書けない書かない絶対にこの秘密は守るぼくは言葉の力を信じているし信じていない何故なら無力だからどんなにぼくとカンナとルドルフの心を的確に表現しようとしても無理だからぼくの物語なんて本当に単調で誰が読んでもつまらないけれど読んでいて本気で自殺を考えてしまうような代物ではないあの二人の物語は怨霊のためのものだ戦争で散った者の嬲られて殺された者の幸福を知らずに死んだ者のためのそんな本をリンに読ませるわけにはいかないリンにはドラッグがもたらす幻想か幻覚がちょうどいいつまりぼくは絶対に真実を解読不能にさせる義務がある何故ならそれを何かの間違いで見てしまったただけできっとリンがリンでなくなってしまう!ぼくがあの瞬間を見るまでただの雪だるまであれたことは本当に幸せだったから読ませないように工夫をするリンのために童話を読む童話を作るでも空想なんて妄想なんてしないそれがあるからルドルフは人間なのに人間じゃなくなってしまったぼくはあの瞬間を見て以来生まれてこなければよかったと毎晩毎晩夜空は発狂したくなるくらい綺麗なのに美しい物語がぼくには書けない構築できない読めるけど読めないだからぼくは思考するしかない思考の中に生きるのは本当に楽で心地いいからぼくに読者は必要ない何故ならただ世界の灰となることを望むことしかできない雪だるまに生きる価値なんてあるとは思えないから
でも明日もぼくはまた リンと遊ぶだろう
嗚呼! リン! 何も、何も知らないでいてくれ! 深淵の中の真実なんて拾ったところでしあわせになんかなれるわけがない! ただ日々の中で笑い合うだけでいい難しいことなんて考えなくていいんだリンぼくは本当に君のその穢れなき魂に惹きつけられている! そしてぼくはかつてのカンナに対してもそう感じていた! カンナは本当に美しかったからルドルフはぼくと同じように誰にも読み聞かせるつもりのない物語を創ったんだルドルフあなたの創ったお話は本当に壮絶だったあの中に出てくるカンナの絵を見たぼくが崩壊したのはあなたの人生もまた今のぼくと同じように狂壊していたからでしょう!?ぼくはあなたの物語のせいで本当に自分が吐き出したい言葉を見失ってしまったけどそれでもぼくは生きるしかないのだ!何故ならこんなぼくの言葉でもリンは喜んでくれるからぼくがいなくなったらリンはリンはリンは?
エッセイ「桜」
この文は創作課題で提出したエッセイ。別に自己評価が高いわけではないが、担当講師の講評が面白くて大爆笑していたのを今でも覚えている。
「えー、普通の人間は『桜』という題を出されたら百科事典か何かで桜を調べて本文に取り掛かるものですwwwwww」
「全体的に表現がいちいちオーバーで、悪の大魔王みたいな文章を書きますwwwwwwww」
「君は宗教に興味があるでしょうwwwwwえー、これからも宗教臭い文学に取り組んでくださいwwwwww」
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桜花の散りざまの如く、すべての生命が最期を迎えられたら、きっと世界は妖美なる桃の色に包まれるであろう。
全ての生命には等しく滅びは訪れる、その普遍の真理を人間は悟れない、だから死を恐れる。実に凡庸な話だ。
何故人は、他の生物と比較して優秀な脳味噌を持つにも拘らず、現実に縋ろうとするのだ? 私には彼等が滅びを恐れる意味がまるで分からない。
人にとって生とは美しいものなのか? 死を恐れる者は、恐らく桜の演出は嫌いだろう。
何故桜に宿る魂は、直ぐに滅びが来ると知りつつも生の中で、咲き誇ろうとするのか。桜自身に問いかけても、理由は分からないかもしれぬ。けれど桜は自らの役割を悟っているのだ。ただ桜花を散らせ自分は生きていると主張するだけでも彼等は満足なのだ。
人と桜に魂はあるか。現世に縛られる身分では知る由もないが、両者にそれがあってもおかしくない。人も桜も種がなければ生まれてこない、性質は違っても生きもするし死ぬ。
つまり人と桜を比較して決定的に違う点といえば、生死と魂についての悟性の有無なのである。
前述の通り桜は、桜としての役割を自覚している。ところが人間は鋭い知性と、種の繁栄を限度なく望む性質のせいで自分自身の首を絞める様相を心に描いてしまうのだ。桜に知性はないが、けして愚かなことはしない。
桜の花言葉に「精神美」と「淡白」がある。実の所、人間の魂が最終的に目指している地点ではないだろうか。桜が理由もなく美しく咲き誇る様は花言葉の通り「精神美」を感じさせる。桜が桜自身の生死を恐れずに咲こうとする様も花言葉のとおり「淡白」である。
人間が何かに恐れ、道を進めなくなった時は、私が解釈する桜の有り様を思い返せば少しは楽になるであろうか。
芸術家肌の仲良し兄妹
今日、妹の空子(そらこ)が、僕の部屋の前で壊れたジョークを吐いた。
「兄さん、この辺りに機関銃を売ってるような店を御存知?」
その台詞を口にした空子が、薄気味の悪くなるほどさわやかな笑顔をしていたために、焼け付くような混乱と軽度の頭痛が同時に襲い掛かってきた。コイツが、こんなことを言うはずないのだ。虫や野草すら潰すのに躊躇うような18歳の美少女が破壊衝動に目覚めるなんて余程のことがない限り、ありえない。兄としてやるべきことは一つ。空子の精神の調和を整えてやることだ。
「とりあえず落ち着こう、一緒にお部屋で紅茶でも飲もう。そこで少し待ってて」
さっきまで僕は自分の部屋の中で先週録画した特撮番組「吠えろライダー・レックウの章」を途中まで見ていた。だが妹が、あまりにドアをけたたましく叩くせいで邪魔をされてしまった。前回の話は面白そうだったのに……悪の組織「バスターアングラー」が生み出した謎の生命体「スターシャークヘッドマン」の雄姿を、主人公のレックウに倒されるまでの途轍もない輝きを、最後まで見届けたかったのだが、仕方ない。空子の世界の流れが、悪い方向へ進みそうならば軌道修正してやるほかない。
「何か人間関係で嫌な事でもあったかい」
僕はデスクトップ型パソコンの前にある回転椅子の上で紅茶を啜りながら、ジャージ姿であぐらをかく空子に尋ねてみたが、何も答えてくれない。彼女の大きくて円い目は窓の外に映る隣家に向けられていた。
「つーか学校生活のほうは大丈夫なの?」
空子は現在、小説家のための専門学校に通っているのだが、そこは僕自身の母校なのだ。妹が入学してから三ヶ月ぐらい経つが、とにかく心配で仕方なかった。先生も生徒も極めて変質者が勢揃いだからに決まっている。例えば、虚言癖のある美少女や、ロリペドのガチ犯罪者、四肢の欠けた超能力使いの少年……等が教えてくれたり、教えられたりするシーンを想像してほしい。とにかく、ノーマルな性癖の常識人が行けるような環境ではないのだ。
「意外と凡人ばっかりだよ?」
空子は、あっけらかんと答える。
「けっこうバカばっかよ。最低限の国語力とか教養とか全然ないの。悲しくなるぐらい。太宰治とか坂口安吾すら読みにくいって言うんだから救いようがないわ」
僕は心の中で呟いた。空子さん、そんなのしょうがないじゃん。ていうかさ、どうでもいいじゃないか。
「で、兄さんは順調なの? 執筆の方は?」
嫌な質問を返されてしまった。実は本文の方は未だに真っ白だ。締め切りは、あと三日。まあ原稿用紙百枚分ぐらい、それぐらいあれば充分だろうと自己暗示をかけておく。空子は、くすくすと意地悪く笑っていた。きっと僕の顔が固くなっているからだろう。その流れを変えるために、適当な質問を一つぶつけてみた。「友達とか恋人とか友達とかできた?」
空子は笑顔のまま言い切った。
「友情は信じてない、そもそも恋愛したくない、第一人間が嫌いだから無理」
僕は開いた口がふさがらない。そうか、こいつ高校卒業しても、この考えのままなんだ……。空子は絆という言葉を辞書で調べても覚えることができない。人間不信の塊だからに決まっている。信頼できるのは自分の家族と可愛らしい動物とヘンテコな植物だけ。
「そうか。で、今日は、どうして乱射したくなった。殺しのライセンスでも取得するつもりか?」
紅茶を飲み終えた僕は、壁際のベッドに、ごろーん。ついでに妹が背中から抱き締めてきた。
「わたし、兄さんみたいな人が好きなの」
また、それか。人生の中で大体十四回くらい聞かされてきた台詞だ。だから事情が飲み込めた。
「また告白されたんだな」
「そう、ブサイクから」
ちなみに、こいつの言う不細工とは水嶋ヒロや速水もこみちすらも、その範囲内なので、あまりあてにならない。
「ところで兄さんは近親相姦って萌える?」
「いや、まったく。で、早く本当に言いたいことを」
「いつもの告白をしにきただけなんだけど」
「僕は、お前をモノにする前に、二人のお邪魔虫を処理しておきたいんだ。本気中の本気で尋ねているんだ」
もちろん嘘だけど。
そう言った後、しばらくの間、沈黙が続いた。その間、僕は無表情だった。やがて可愛い妹は喋りだした。
「同級生の森田大樹って奴が、うざいの」
……ん? その名前は、もしや?
「そいつは茶髪で眼鏡をかけていて、死んだ魚のような目をしていて、タラコ唇かい?」
空子は、うん、と呻くように呟いた。成程、了承した。そいつは僕のバイト先の仕事仲間じゃないか。
「どんな風に、うざいんだい? てか、どれくらい嫌い?」
「現実が嫌になるくらい、嫌い。野糞の方がマシ」
空子は怒涛の勢いで、喋りまくる。べらべらべらべらべらべらと負の怨念を吐き出した。
「映画とか遊園地とか買い物とか食事とか、しつこく誘ってくるの、一ヶ月前から。私は一人で行きたいって言ってるのに、全然お構いなしなの、無神経で図々しいの。私の前では優しく見せてるけど、他の人には冷たいの。消えろとか死ねとかは思わないけど、どうしても夜空に向かって発砲したいの。それとあいつに関して本当に腹立つのは、あんな文章を読む力のない奴に作家になる資格なんてないってことを言いたいの。だって、あいつの見方は、見てないんだもん、ただ眺めてるだけなんだもん。わたしのうすっぺらな笑顔と、わたしの見かけがちょっとだけ綺麗なだけで鼻の下を伸ばしてヘラヘラしてるような奴の小説なんて、読まなくてもゴミしか書けそうもないって兄さんにも分かるでしょ? そして何より、わたしが一番むかつくのは、折角勉強のできる機会が手に入ったのに、そのチャンスを自分から逃して学校にもほとんどこないで、たまに来たと思えば、わたしとべらべら話すことしか能がないの。どうせ単に恋愛ごっこに酔いしれたいだけでしょ? いろんな先生の話をろくに聞こうともしないで、ただ他人の評価だけで、その人のことを勝手に決め付けて、どうせつまんない授業だって勝手に決め付けて、不登校になるなんて信じらんない。あいつに理解できる脳がないだけでしょ? 大体、学校で勉強したくてもできない人もいれば、学校に行きたくても、あたしのように人が大嫌いで大嫌いで仕方ないタイプの子は、学校に行って、楽しい思い出を作ることができないのよ? そしてね、わたし本当に不満に思ってるのは森田だけじゃないの。この考えを、わたしの同級生は、みんな理解してくれないから。小説家はその人にとっての地獄を彷徨ったことのある人にしかなれない職業なのよ? 兄さんだってそう思ってるでしょ?」
……う、うむ。可哀想なくらい、ズタボロに言われたな森田さん。そして同級生一同。しかし空子が、ここまで捻くれ者で憎悪に満ちた魂の持ち主だと、みんなは知っているのだろうか……。
まあ、彼が知り合いだということなら話は早い。明日、バイト先で会ったら、それとなく空子の意志を、伝えてみようか。空子の肉声が入ったボイスレコーダーを、休憩時間中に、こっそり流してみようかな。冗談だけど。
……いや、そんなことより、嬉しかった。
小説のネタができたからだ! 明日、このネタを中心に創作に取り掛かろう! アー、作家になれてよかった!
四匹の手
とある小さな島に四匹の「手」がいました。彼等は仲良し義兄弟です。長男のアカは赤く、次男のアオは青く、三男のキは黄色で、四男のミドリは緑色。みんな生きていることが楽しくて仕方ありません。
彼等は、かつて人間たちの下で酷使されていた「手」でした。ある日、ちょっとしたわけがあって主である人間たちの体から切り離れたために、この島で暮らしているのです。
ここで彼等は、毎日くっちゃべっています。今日もまた、いつものように下らない話に花を咲かせます。
「真っ青なカラスを愛しているかい?」アカがアオに尋ねます。「いや、それよりも真っ赤な肝臓のほうが好みだね」
「人間の肌の色は黄色なのかしら?」アオがキに尋ねます。
「そんなことは考えても無駄さ。大切なのは青空のナイフで世界を切り裂くことだけさ」
「心を構成する色の要素に緑はあるかい?」キがミドリに尋ねます。
「別にどうでもいい事を聞くね。重要なのは、その中を汚れなき稲妻で強くすることじゃあないか」
アカは爆笑した。「はは、こんな会話に意味は無いね!」
アオは微笑んだ。「人間たちのコミュニケーションよりは、遥かにましだと思うが」
キは眠そうに言った。「たまに、林檎の赤に触れてみたいな」
ミドリは幸せそうに笑った。「すべての見えない虹のために、ぼくらは祈ってみたい」
いつも彼等は、こんな感じで、意味もワケも分からない話をしながら、一日を過ごすのでした。
ある日、ちょっぴり重大かもしれない話題になりました。
「みんなはどうして、ここにきたんだい?」アカが他の三匹に尋ねます。
アオは答えます。「手袋をつけられるのが嫌だから逃げてきたのさ」
キは答えます。「元の主が追いかけっこしているうちに、気づいたら外れてたから、ここに来た」
ミドリは答えます。「人間が嫌いになってしまってね。そもそも僕はここに来る定めだったんだよ」
三匹はアカにも、その理由を尋ねます。
「俺は、あいつらの白黒の瞳に隠した赤が気に食わなくてな。」
三匹は、この島で出会ってから一度も持たなかった「疑問」が生じました。
「彼等の奥に眠っているものを、僕達にも分かるように説明してくれないか?」
アカは答えます。「本当は、うずうずしているはずなんだ。何もかも壊してやりたいはずなんだ。そう、俺はあいつらの仮面を剥がしてやりたくなって、一度、ある方法によって、人殺しに手を染めたことがある。つまり、簡単に言えば、手錠から逃げてきたってコトさ」
三匹には、アカの言っていることが分かりませんでした。
ある日、空から大量の林檎が、小さな島に降り注ぎました。
手達にもボコボコ当たって、彼等は痛がりましたが、幸せでした。
林檎の赤い皮を、長い爪でむくことが出来るからです。
アカは歌いながら喜びました。「まるでサイコパスのような赤だ」
アオは回りながら喜びました。「クラシックレコードを聴きながら、皮むきをしたいものだ」
キは寝転がりながら喜びました。「痛いけど、きもちいい」
ミドリは寝転がりながら悲しみました。「凍土と焦土が、もうすぐ同時にやってくる」
その次の日、小さな島に、空からミサイル君がドドドドドとやってきました。
ミサイル君は言いました。「全部、将軍のせいなんだ、許しておくれ」
四匹の手は、最期に――
アカは「一度でいいから空飛ぶ車輪を見たかったなあ」と思いました。
アオは「屍の山をはじめてみた時の衝撃と比べれば……」と思いました。
キは「もう一度、林檎をむきたかった」と思いました。
ミドリは「私達が出会ったことは、けして無意味じゃない」と思いました。