TH.Another Room

学生時代に書いた文芸作品をアップしています。

リンとトビー

  『1』

 青いウサギのリンは、雪の降る白い空を眺めながら、ふと思った。神様、カンナちゃんは、どこに行っちゃったの、と。
 カンナは、ちょっぴり不思議な女の子。心の中で念じるだけで、スプーンを曲げたり、ガラス製のコップを本物の白鳥に変えたりすることが、できるのだ。そんな彼女にリンは懐いている。理由は三つ。はじめて出会った時、道端に生えていた草を、大好物のニンジンに変えてプレゼントしてくれたから。あの子犬のような目が好きだから。雪の降る野原で一緒に遊ぶのが楽しくて仕方なかったから。
 リンは今日もまた、自分が住む森を抜け出して、小さな町へやってきた。この町にはカンナが通う中学校や、彼女の大好きなシュークリーム屋がある。僕が時々、あの子の愛する場所に行けば、きっと見つかるはず。そう信じて、いつも一生懸命さがすのだ。
 今から約一年前、カンナは育て親の伯父と共に行方不明になった。たった“一体の家族”を残して。リンは思う。あの二人が早く戻ってこないと、トビーは寂しさのあまり溶けていなくなっちゃうかもしれない……。
 だから、めげてはいけないのだ。トビーと自分のためにも、二つの心臓の奥を取り戻すためにも、とにかく諦めては駄目だ。僕は絶対に、あの暖かな思い出の日々を取り戻す。
 そう願う彼の青い体毛に白い雪が纏わりつく。人気の少ない寂れた町の中央にある時計台の二つの針が十二を指す。街道を二人の少年少女が歩いている。冬の風が寂れた建物の間を、すり抜ける。リンは、ポツリと呟いた。
「……どうして、いなくなっちゃったのかな。僕たちのことが嫌いになったのかな……」
 すると、それに応じるように、後方から柔らかなヴォイスが聴こえてきた。
「リンちゃん。きっと、それは違うさ」
 振り向くと、そこには大親友のトビーが、プカプカと浮かんでいた。彼は見かけだけならば平凡な雪だるまであり、人間の6歳ぐらいのサイズである。こいつが一風変わっているのは、カンナの魔力の篭った二つの黒っぽい石ころが、目として使われている点だ。そのおかげでトビーにも彼女と同じように神秘的な力が宿っているため超能力も操れるが、さすがにカンナと比べればレベルは低く、体を宙に浮かべたり、人間のように会話したり料理したりするぐらいしか、できない。だがトビー自身は、それくらいで充分だと思っている。   
 大体の雪だるまは、人間や動物と仲良く遊べれば、魂の底が満たされていくイキモノ。それが彼の思想。超能力では彼等を驚かせることができても、心の助けにはならない。それが彼の信念。
 そんなトビーのことを、リンは、ひたすら尊敬している。カンナと同じぐらい好き。僕にとっての永遠の友達の一人。彼は単なる雪だるまじゃなく、神様に愛された雪だるまだ。
「おはようトビー。やっぱり今日もカンナちゃんを探しに来たの?」
「ああ、それも兼ねての散歩さ。先週から僕好みの雪が降ってくれて実にありがたいよ」
「じゃあ、嫌いなタイプのもあるんだ?」
「ああ。雨混じりの雪は最悪だね」
 それから、しばらくの間、彼等はこのような感じで、おどけ話を続けた。やがて、いつの間にか話題がカンナのことに変わった。
「ところで今日は、あそこ、行った?」
「あそこって、どこだい?」
「ほら、昔カンナちゃんが住んでた家だよ」
「見てみたけど、いなかったよ」
「そっか……やっぱり、そうだよね」
 リンは、しょんぼりして、耳をペタンと折り曲げて、顔をうつむけた。
 トビーは慰めるように言った。
「会えると信じていれば会えるものさ」
 かつてカンナは、この町にある小さなレンガの家で母親と共に暮らしていた。だが、ある悲しい事件が起こって以来、二人は永遠の別れを迎えてしまう。そして養育者が伯父のルドルフに変わり、隣町へと引っ越してから、リン達とは、あまり会えなくなった。彼女曰く、「おじさんの仕事の手伝いが忙しくて、一緒にいられなくて、本当にごめんね」
 リンは目を閉じて回想する……かつては、あんなにいっぱい遊べたのに。みんなで雪合戦したり、スキーしたり、紙ヒコーキを飛ばしたり……あの頃は一番楽しかった……。リン自身、こんな風に過去に浸ったところで無意味なのは分かっている。だが、それでも、逃れられそうにない。ある種の呪縛から。甘く透明な鎖の支配から……ぼくは果たして、このままでいいのかな……。
「ねえリンちゃん」彼の表情を察したトビーは、「もしカンナが見つからなくても、僕はずっと君の友達さ。だから、あんまり悲しいことばっか考えてても辛いだけだからさ、ばかになろうよ」 リンは「ばか」という部分に疑問を抱き、首を傾げた。
「どうして?」
トビーは優しく言った。
「僕は君と一緒に遊んでる時の、ばかみたいな笑顔が好きだからさ。とにかくウサギライフを楽しもうよ。そうした方が、きっとカンナのためにもなる。 そう、いつかカンナと再会した時のためさ」
 それを聞いて心が安らかになったのか、リンは耳を、ぴょこんと上げて、こくんと、頷いた。
「ありがとう。僕の友達でいてくれて」
 
  『2』
 
 空に橙色の満月が浮かび上がり、リンが森の中へ帰ったあと、トビーはカンナたちと共に住む家の庭で思考にふける。他の誰にも“絶対に読み解かせるつもりのない思考”を。
 
  『3』
 
 ぼくは嘘つきだぼくは嘘つきだぼくは嘘つきだ本当は誰かに殺されるべきだカンナやルドルフよりも無惨に死ぬべきだぼくの力は所詮子供だましのまやかしでしかなく誰かを助けることなんて出来やしないぼくの体はどれだけ熱い太陽の下であろうとも溶けないけれどナイフでコナゴナになりたいそしてあの家の地下室で三人一緒に眠りたいみんな地獄で胎児となって血の池に溺れて頭の中を殺したいけどそれはそもそもカンナも考えていたことだ唯一の心の拠り所はぼくとリンだけ君は本当のところ殺していないよメッタ刺し殺したのは夜空だルドルフは夜の闇に抹殺されるのが運命だった沈黙の死者が呼んでいない現実なんてない世界に人間なんていないいるのは動物だけ無垢の信頼を汚し首輪と手錠をかけて……る映像を殺したい撮影された悲劇的喜劇がぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくカンナの泡と首と服の下を守るには必要な行為だったルドルフにとってもぼくにとっても儀式だった本当は死ぬべきだ破壊されるべきだ夜に夜に夜の牙にぐちゃあぐちゃあぐちゃあルドルフのようにカンナの純白と真紅の液体を濃褐色の液に流し込んだ精神を粉々に分解して皇帝への憎悪をナイフでナイフでぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶん……カンナの行為は正当だ当然本物の悪はルドルフに決まっているけど僕は何も見ていないはず

 幸いなのはリンが真実に気づいてないこと

 ぼくは穢れた雪だるまだけどあの子の希望を奪いたくないぼくは絶対に守るぼくは沈黙の嘘を吐き続ける溶けるまでそしてリンだけでなくカンナのためにもぼくは遺書を書けない書かない絶対にこの秘密は守るぼくは言葉の力を信じているし信じていない何故なら無力だからどんなにぼくとカンナとルドルフの心を的確に表現しようとしても無理だからぼくの物語なんて本当に単調で誰が読んでもつまらないけれど読んでいて本気で自殺を考えてしまうような代物ではないあの二人の物語は怨霊のためのものだ戦争で散った者の嬲られて殺された者の幸福を知らずに死んだ者のためのそんな本をリンに読ませるわけにはいかないリンにはドラッグがもたらす幻想か幻覚がちょうどいいつまりぼくは絶対に真実を解読不能にさせる義務がある何故ならそれを何かの間違いで見てしまったただけできっとリンがリンでなくなってしまう!ぼくがあの瞬間を見るまでただの雪だるまであれたことは本当に幸せだったから読ませないように工夫をするリンのために童話を読む童話を作るでも空想なんて妄想なんてしないそれがあるからルドルフは人間なのに人間じゃなくなってしまったぼくはあの瞬間を見て以来生まれてこなければよかったと毎晩毎晩夜空は発狂したくなるくらい綺麗なのに美しい物語がぼくには書けない構築できない読めるけど読めないだからぼくは思考するしかない思考の中に生きるのは本当に楽で心地いいからぼくに読者は必要ない何故ならただ世界の灰となることを望むことしかできない雪だるまに生きる価値なんてあるとは思えないから

 でも明日もぼくはまた リンと遊ぶだろう

 嗚呼! リン! 何も、何も知らないでいてくれ! 深淵の中の真実なんて拾ったところでしあわせになんかなれるわけがない! ただ日々の中で笑い合うだけでいい難しいことなんて考えなくていいんだリンぼくは本当に君のその穢れなき魂に惹きつけられている! そしてぼくはかつてのカンナに対してもそう感じていた! カンナは本当に美しかったからルドルフはぼくと同じように誰にも読み聞かせるつもりのない物語を創ったんだルドルフあなたの創ったお話は本当に壮絶だったあの中に出てくるカンナの絵を見たぼくが崩壊したのはあなたの人生もまた今のぼくと同じように狂壊していたからでしょう!?ぼくはあなたの物語のせいで本当に自分が吐き出したい言葉を見失ってしまったけどそれでもぼくは生きるしかないのだ!何故ならこんなぼくの言葉でもリンは喜んでくれるからぼくがいなくなったらリンはリンはリンは?