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TH.Another Room

学生時代に書いた文芸作品をアップしています。

殺戮のルナ・メイジ 0章

殺戮のルナ・メイジ

 彼女にとって人類を滅ぼすことなど造作もなかった。彼女にとって自分以外の人間など芥ほどの価値はなかった。彼女にとって命になど塵と差はなかった。彼女からしてみれば現実と虚無に何の違いがあるのか分からなかった。

 無数の命は無の彼方へと去り、ただ血塗れの死体が世界中に散らばっていた。苦悶の表情を浮かべた死体達に魔女を呪い殺す力はなく、天に裁きを下せない。街にも山にも草原にも、四肢のちぎれた骸は転がっている。それは魔女の行使による結末。あらゆる生命は無に帰して、この地上には赤い髪の少女しかいない。いかなる魔術も兵器も、彼女の前には無力だったのだ。
 清廉な建物と、雄大な自然と共に、彼女は今、生きながら死んでいる。この世界の全ては彼女のものだ。けれど、この地上にはもう夢が失われているのだから、少女は堕落する他に道がなかったのである。
無限の堕落の中で、彼女は物思いに耽っている。海は蒼くて、森は緑で、空は青くて、少女の髪は紅緋色。でもそれらは本当にそんな色をしているのか? それらがそうである意味は? それらは夢を見るのか? 彼女は、世界が終わったあの時から、いつも考え事をしていた。脳を動かすのは嫌いではないし、空白の世界では、やることが限られるのだ。
 心は退屈だったけれど、体を動かす気力はなかったから、結局何もしない毎日を送っていた。人類が滅びても、自然や建物、食糧や玩具等が残存している今の世界は、ある種の人間にとって、まさに理想郷であり、聖地とも言える。
 紅蓮の魔女は、とある森の奥深くにある小さな木の家で暮らしている。ワンルームだが八畳程の広さなので住み心地は悪くない。部屋の中には幼い頃から大好きだった絵本や小説、七歳の誕生日を迎えてから、すべてが壊れた“あの日”まで書き続けていた赤い日記帳、慣れ親しんだバイブレータ、一三歳の頃より愛用するドラッグが散乱しており、掃除も碌にしない上に窓を開けようとしないため、あちこちから汚臭が漂っている。この部屋には人類を滅ぼして以来、生きた屍と化した彼女にとっての世界が凝縮されているのだ。
「……ひま……だるい……死にたい……」
 ベッドに横たわりながら何の意味もなく、誰にも届かない嘆きを吐き出す。いっそ狂えれば楽なのに、ドラッグに溺れようとしても、何故か身体や意識も、そのままだ。
「……変ね……あたし……ちっともおかしく……ならない……」
 ベッドの傍の窓から、綺羅星が輝く空を眺めているうちに、ふと思った。夜空に輝く星達は何故輝いているのか、何故落ちてこようとしないのか、仲間達と群れながら輝くよりも、この地上に落下することを望むたった一つの星があってもいい。星だって堕落の味を知りたいかもしれない。星だって夜空が裂けて、虚無の中へ飲み込まれてみたいかもしれない。彼女は心の中で綺羅星達に尋ねてみた。
(……ねえ、あんた達は朝になったら誰にも見えなくなっちゃうのに、何でそんなに必死に輝いてるのよ。虚しくならないの?)
 綺羅星達は何も答えない。
「……つまんない……」
 彼女は夜空から視線を外し、枕に顔を突っ伏せて、寝ようとする。けれど眠りたいのに、眠くなかった。頭痛と眩暈がしたからだ。幻が「お前に眠る資格はない」と語りかけてくるからだ。それでも睡りたかった。もし自分が枕するうちに死んでいたら儲けもの、軽い目眩に苦しめられたら現実。これほど陰鬱なギャンブルも他にないだろう。要約すれば、この身体がどうなってもいいから、早く楽になりたいだけ。
 それでも後悔はしていなかった。これはこれで世界にとって正しい在り方だろう。大抵の人間、いやすべての生命には元より存在理由などない、それどころか自分たちが生まれてきたこと、生きることが大罪なのだ。こうした破滅的な思想を形成したわけも、とうに忘れている。そもそも何処で生まれたか、どんな風に育ったか、何を学んできたか、どんな人達と関わってきたか、そういったことすら、よく覚えていなかった。かつて望んだ夢を具現化したのに、何故ちっとも嬉しくないのか。彼女自身が分からなかった。一面の黒が視界を覆っていた。
 すべては沈黙していた。世界も、少女の魂も、何もかも空っぽのまま、時は流れている。

 

 その日の夜は、満月が空に貼り付いていた。それは彼女にとって夜空の至宝。退廃した現世の街並みすら、月明かりの下では優美なる都と化す。古びた廃墟もメルヘンチックなお城へと早変わりし、満月は囁くのだ。「ユートピアは、もうすぐやってくる」。もしかすれば、こんな世界のどこかで白猫とドブネズミが手を繋ぎながら踊っているかもしれない。二匹は幸せそうに笑いあっていて、ダンスの終盤にキスをするのかもしれない。そしてお月様と夜空に、こんばんは! と笑顔で語りかけてみたくなったから、今夜はカーニバル・ナイト。

 だからこそ少女は、骸たちの集う街へ遊びにきたのだ。地上の地獄を見渡すのも久しぶりだった。アスファルトやコンクリートに染み込んだ黒い血、散乱した手足、屍どもの顔には絶望が表れていた。死の香りが魔女の胸をときめかせた。
 彼女は高らかに歌い上げる。
「何もかもが素晴らしいわね! 死ねば誰もが仲間なんだから! そう、あたしは今、生きている! 満月も祝福してる。この世が創られた唯一つの意味は、あたしが全ての生命を踏み躙るためだって!」
 誰にも届かぬ叫び声を放ち、どうしたいのだ、どうして死体の一部をナイフで切り落としたのだ、何故お前は生首の断面を唇で吸いながら、腐った肌を愛でているのだ……そう誰かが魔女に呼びかけたが、それが誰の声なのかは、わからない。
 けれど、しばらくもしないうちに名も知らぬ男の頭部を投げ捨て、暗闇を顔に塗りながら、呟いた。
「……下らない……」
 首遊びにも飽きた。唾を吐き捨てた。魔女の足元に転がる骸達は、白目を剥き出しにして夜を眺めている。魔女は黒い血のついた腕と足を拾う。暗い空へ放り投げる。そして彼女は、足下の骸の顔を踏み潰して、自らを絞め殺すように、修羅の叫びを上げる。
「ドブネズミはあっ! 世界中のどんな宝石よりもおおお! 美しいいいッッッッッ!!!!!」
 街中にソウルヴォイスが響き渡る。肩まである赤い髪を揺らし、青の心を解き放つ。紅の叫びによって、僅かながらも自我を浄化できた。けれど。すぐに冷えた。この儀式は結局のところ徒労に過ぎないのだと。魂を空にぶつけようが奇跡は起きないと。私だけの夜が何かを生むはずなど永遠にないのだと。
 それでも少女が、空に満月が現れる度に外へ飛び出し、虚しさを体に重ねてしまうのは、彼女の最期の望みが血塗られた自己を切り落とすことだから。

 今日も、限りなく狂気に近いライブを終えたあとに生じる想いは、ひとつだけ。いつも通り、虚しくて仕方ない。

 満月が暗雲に隠れた頃、魔女は死体遊びにも飽きたから、帰ることにした。退廃のこびりついた、害虫と恋人のいないボロ家に。あそこに戻ったところでドラッグやバイブレータに溺れることしかできないのだろうが。現実逃避のために絵本や小説の世界に埋没しようとしても、床に散らばった本どもの内に宿る意志を読み取れなくなった今、あれらは単なる紙束でしかない。

 いつしか彼女は街を去って、夜露に濡れる森の中へ辿り着いていた。寒空の風がびゅうびゅうと吹き荒れている。赤い葉っぱたちがひらひらと落ちてきたが、血の雨や猛毒の林檎は降りそうになく、切り株は歩かない。一輪の白い花が自分の目の前へやってきた少女に微笑むと、魔女はそれを踏みにじった。
 彼女は紅い葉で着飾った木々のそばを通る。住処に戻るまで足を進める。ふらふら、ふらふら。端正な顔からは生気が失われている。吊り目は暗黒に囚われている。黒いストラップシューズの裏側は土に塗れる。紫色のPコートの袖と黒いスカートが小さく揺れる。首に巻かれた赤いスカーフと、その下にかけられたネズミのペンダントが強い風になびく。枝葉の間から夜が差す。
 紅い木々と、青紫色の切株が少女に話しかけようとしたが、あの宵闇のとりついた横顔を見てしまうと何の言葉もかけられない。彼等には、彼女が生きた亡骸にしか見えなかった。女の横顔は語っていた。
「猫の喉が潰れちゃったから、瞳の中から命の泉が無くなってしまったの」
 樹木の匂いが鼻の中に伝わってくる。それは彼女にとって何の変哲もない死臭。魔女にとって一つの死体と一本の木に全く違いは無い。どこにいても考えることはいつも一緒だ。少女はあの日から、永遠にシロイネコと手を繋ぎたいだけの屍となってしまったから。
 魔女の影の上を浮かぶ使い魔は、大罪を背負いし主の後ろ姿を眺めながら、思った。
「不思議だ。絶息を望むにもかかわらず、未だに呼吸をしていることが。私は知っている。絶大なる魔力を誇ろうとも、細胞や血がどれだけ狂ったものであろうとも、自らの肉塊ぐらい壊す気になれば、すぐにでも壊せることを。紅で焼き尽くすことなど、わけもないはず……私には彼女が未だに生き続けている理由が、分からない」
 魔女の王は絶命の王国を歩きながら、見えない涙を流しながら、崩壊してゆく。
 かつて、かつて、かつて、あの日……。嗚呼、思い出せない、思い出せない、本当に思い出せない! 森がぐらぐら揺れている。それもドラッグのおかげ? 違う。少女の掌から行方不明になった白い猫のせいだ。血の色は赤じゃなくて白だ。血は液体じゃなくて、砂だ。それを教えてくれた……は夢の中にすら現れない。常闇に……の姿は浮かばない。手足はおろか、耳すらも! 少女は……の耳が大好きだった。それなのに……は砂塵と化したのだ! 空がくるくると廻る。世界がぐにゃぐにゃと歪んでゆく。思い出せない! 思い出したい! 思い出したくない! あの優しすぎる声を! あの白くて柔らかい髪を! あのスカイブルーの瞳を! 目蓋の裏から暗闇が銃弾を放つ。それは幼子の声となって、被弾する。ねえ、どうしてこんなところで暮らしているの? 何で僕達の手足はとれちゃったの? 教えてよ、お姉ちゃんはどこに居るの? 吐き気がする。怨嗟の声に精神を破壊された少女は、ばたりと倒れる。 
 夜風吹く森の中、彼女は暗い土の上でうつぶせながら、目を閉じる。不浄な荒土がコートとスカートを汚す。辺りは、単調な絶望と暗黒への希望に包まれていた。漆黒の景色には何も浮かんでこなかった。闇は唸り声をあげず、黙り込んでいた。銀の星達は、地上めがけて落下しようともしなかった。
 風の下の魔女は、宵闇の底で蠢きもせずにいる。

 

 …………ブウウーーーーーーンンンーーーンンン…………。

 そんな時、何の前触れも無く、蜜蜂の唸るような音が聴こえてきた。ノイズが耳の中で反芻する。脳味噌が揺れる。意識が僅かに戻ってくる。少女は億劫そうに目蓋を開き、上半身を反り上げて周囲を見渡す。だが、おかしなところは見当たらない。森の中で、緋色の木々が、本当の笑い方を知らない人間のように哂っている。地を這う木の根が地獄へ誘おうと手招きしている。血塗られた無数の亡者が魔女を見つめている。嗚呼、ただの日常だ。いつもどおりの景色が彼女を鬱屈にさせるだけだった。目蓋を再び閉じる。完全なる虚構の世界に辿り着くために、あるいは永遠の眠りにつくために。冷厳な風が細い身体に当たる。一筋の涙は流れない。無照明の舞台の上では、蜜蜂の唸り声のようなノイズは鳴り続いたまま。

 少女は呻く。

「…… …… …… ……」

 彼女が「空白」を吐いた瞬間、呻き声に反応するように、冷たい夜が、言葉を放った。

 

「……ル……ナ……?……」

 

 幻聴? 少女は頬を軽くつねる。

 しかし雑音と共に、空は、ささめく。
「……ルナ?……」

 

 彼女は、目を、見開く。聴こえる、宙から、耳に入るはずのないヴォイスが。辺りには何者も居ない。けれども、どこかで聞いたことがあるような気がする上に、何故だか心に引っかかる。単なる二文字が世界変革の予兆を感じさせた。ルナ、恐らく名前? それなら、名の持ち主は誰? ルナルナルナ、ル・ナ・ル・ナ、と独り言を繰り返す。あの日、失われたはずの心臓が高鳴る。びゅうびゅうと唸り声を上げる夜風と共に、少女は柔らかな身体をゆっくりと起こし、立つ。彼女は森の中をもう一度見渡す。おかしなところは見当たらない。紅い木々は無表情となり、地を這う木の根は手招きをやめ、死者たちはいなくなっている。声は、どこからか聴こえてくるというより、誰かがテレパシーで魔女の魂に訴えかけてくるようであった。世界は執拗に「ルナ」と繰り返している。そのせいか、また頭がグラグラしてきた。それでも少女は探しはじめる。肉体の上げる悲鳴を無視して。「ルナ」の真実を求めて。

 そして彷徨うなかで一つの結論を出した。
 わたしがルナ? 
 少女は歩みを止める。夜の森からペンダントへ目を移す。心のなかで首まわりからぶら下がった灰色のネズミに尋ねた。あたしがルナなら、どうして自分の名を忘れていたの? 
 ネズミは何も答えない。
 彼女は苦笑した。この世のありとあらゆる物はぜーんぶ無価値なの。命だってそう、本当は赤ん坊の頃から、みんなみんな亡骸と違いはないの。それはあたしだって。おんなじ。だから、あたしがルナだからって、どうでもいいのよ。
 魔女は崩壊の大地に寝転がり、瞼を閉じる。わかってる、わたしの物語が、とっくに終わっていることぐらい。
 だが、そう思ったとき、唐突にノイズが止まり、完全なる沈黙が訪れた。奇妙に感じたため目を開くと、

 気がついた。

 

「革命」が起こっていたことを。

 
 それはあまりにも突然すぎた
 視線を闇に移していた隙に 一瞬で
 木々が 土が 風が 
 なくなっていた
 辺り一帯は 
 まっさらな純白に 覆われていた
 そこで

 彼女は浮かんでいる  
 心臓の 高鳴る音が
 木霊している
 そこに在るのは 
 たったひとりの赤髪の少女だけ

 彼女は、今、自分が、どんな顔をしているのか、どんな言葉を発すればいいのか、まるで分からなかった。 
 再びノイズが鳴り出す。そして何の前触れもなく、青年の透き通った声が、少女に語りかけてくる。
「……ルナ……やっと……見つけた……」
 混沌が、混沌が、何もかもを司っている。少女は錯乱する。心臓は鳴っているのに、視界のすべてが真っ白だから。完全なる無の空間、白く無限の虚無が、手足を縛りつけている。身体が何所かに吸い込まれる感じがする。

 だけど、どうして、死にたくなるほど綺麗な声をしているのだろう。あまりに懐かしすぎて、涙が零れそうになるのは、なぜなのだろう! 
 少女は見えない“彼”に語りかけた。
「……あたしを呼んでいるのよね?……」
 夢幻のなかの青年は、彼女の呼びかけに応える。
「……久しぶりだね……ルナ……」
 僅かな沈黙の間、ぶつりと切れた記憶の糸を辿る。……嗚呼、ようやく思い出せた。そう、間違いない、わたしの名前はルナで、ファミリーネームはカノン。大魔道師の両親の一人娘であり、親愛なる隣人と偉大なる歴史から呪われた十八歳の少女であり、世界のすべてを破壊した魔女の王、だった。
 そう、無意味な情報に過ぎない。自分のことを思い出したところで、何の感慨も無い! 
「……なん……で……あたしを……呼んで……くれたの……?」
「……もう一度……ルナにとっての青空を……見せたかった……いや……もう一度、一緒に見たかったんだ……」
 彼の言葉が、胸の奥を抱き締める。暖かな陽の光が体中に伝わってくる。その陳腐な表現はルナにとって、神様の誕生日よりも素晴らしく、世界中の何よりも愛おしかった。何時の間にか、一筋の涙が、頬を流れて、無垢なる白の中に、落ちて、なくなった。それでも、わからなかった。あの声を耳にした覚えはあるのだが、彼の名前が、思い出せない。ルナは漠然と理解した。多分わたしは自分の魂にとって、本当に大切な記憶を忘れてしまったのだ、と。だから問い掛ける。「……ごめんなさい、折角お話してくれるのに、あなたはあたしを知っているのに、あなたのことを、ちっとも覚えてない……」

「……忘れちゃった?……構わない……大切なのは……僕のことじゃなくて……ルナの未来……」

 ……未来、未来、未来……嗚呼、髪を掻き毟りたくなる衝動に駆られる。壊れた金切り声を上げたくなってしまう。

「……ねえ? ルナ……いつか言ったじゃないか、本当のルナはすごく可愛くて優しい子だから、世界中のみんなから愛されるべきなんだって。世界が間違いを犯したせいで、君が誰から忌み嫌われても、僕はルナの、ルナにしかないあたたかさを誰よりも知っているんだ。そして僕は、たとえ君の側から離れていたって……」
 不思議で仕方なかった。彼の言うことなどルナにとっては戯言に過ぎないはずなのに、耳を傾ければ心が安らかになっていくのが。何故だろうか、彼の言葉の一つ一つを拾うたびに心が壊れていくのは! 
「……君の右手を、僕の左手は繋いでいる……」
 そして、いつのまにか、頭が
「わかるよ……ルナの掌が凍えてるのは、温もりを求めているからだって……」
 裂ける 爆ぜる 張り裂ける
「……だから僕は残された力を使って、君にとっての永遠の宝物が見つかる場所に連れて行く……それが僕からの最後のプレゼント……」

 回る 廻る まわる
「……大切なのは……あの時のように……青空から宝石を掴み取れる日がくること……」
 死にそう 死にそう! 死にそう!! 
「……いいかい?……今から……ルナの肉体をそこに運ぶ……そうすれば……奇跡は起きる……大丈夫……怖がらなくていい……たとえ……新しい現実が君を拒んだとしても……もうひとりの僕がそこにいる……」
 だから
「……そこだと……もう……君と話せなくなるけど……ルナが……『それ』さえ手放さなければ……僕は……のことを……ずうっと……守ってあげられる……」
 今
「……たぶんルナは……僕の言葉を……すごく古臭く感じるかもしれない……でも僕は……君と過ごしたありふれた日々の中で……紡いだありふれた言葉のひとつひとつに……太陽の輝きを感じたからこそ……わかるんだ……もう一度……世界で一番幸せそうに笑ってくれる瞬間が……必ずやってくることを……」
 どこに
「……だから……飛び立つべきなんだ……ルナの本当の居場所へ……」
 い
「……もう少し経てば……僕たちの……別れの時が……やってくる……でもね……それは……けして……二つの魂が……離れ離れになるっていう意味じゃないんだ……」
 る

「……ルナ……これだけは忘れないで……数多の星でさまよう……すべての魂は……どんなに壊れた世界の中でも……絶対に……心の糸を結ぶことができることを……」
 の
「……僕が……君にとっての幸せを……掌に感じてほしいのは……僕の魂が……白い雲の漂う青空と同じくらい……ルナを……大好きだったから……」
 か
「……戯言じゃない……かならず……夜明けはやってくる……その時がくるまで……僕は……ずっと……祈り続ける……」
 わか
「……僕は知っているんだ……ドブネズミの……」
 らな
「……には映らない……」
 い

「……うつくしさを……」
 
 それからしばらくの間

 

 ルナは

僕の将来の夢!ヽ(・∀・)ノ

エッセイ まだ未完成(´・ω・`)

 私個人のささやかな夢を語ってみる。たとえば自分の家族や恋人や親友などの”大事な人”の生命が、酒鬼薔薇のような猟奇殺人者に奪われ、その事件の詳細と感想を加害者の直筆によって語られたノンフィクション本(事件を起こしたことについての反省など一切せず、むしろ殺人を達成できたことに多大な快楽を覚え、また”やりたい”と思っているという意思が表明されているような内容……「絶歌」など温い)が出版されたとしよう。おそらく通常の人間であれば――今現在の私であれば――、その忌まわしき凶事についてを何の配慮もなく表現するに至った加害者に対し、絶大な不快感や限りない憎悪などを抱くのであろうが、このような暗黒という偽名のつけられた虚無を抱いてしまうようでは、まだ低次元な立ち位置にいるのだと自覚せざるを得ないのである。

 私は真なる善と真なる悪を超越する立場に、たどり着きたいのだ。真なる善とは絶対不変と信じられし絶望を無限のような希望に変える力であり、真なる悪とは絶対不変と信じられし希望を無限のような絶望に変える力。それらが入り混じった空間こそが、宇宙としての世界。私は世界と一体にならなければならない。私が創り出そうとする永遠を、何者かの精神の大地として構築するためにも。

 

(この話、気が向いたら続きを書きますね)

題:「沈黙の狂気が、そこにあった」

夢書きシリーズ

 4時間前に見た夢のメモ書き。

 夢の中での私は夜道を散歩していた。その途上で、ごうごうと炎上している大きな洋館を見かけたので、慌ててポケットから携帯電話を取り出し「火事です!」と通報したのだが、なぜか通話相手が物腰柔らかい老婆で、耳が遠かったせいなのか、こちらの話が全く通じない。これではキリがないと瞬時に判断し、とりあえず言いたいことを早口で伝えるだけ伝えて電話を切ったあと、すぐさま燃え盛る館の入口の前へ、「ヤヨイさん!」と叫びながら駆け寄った。しかし火の勢いが強すぎて、とてもじゃないがヤヨイを助け出すなど不可能だった。

 洋館から少し離れたところで立ち尽くしながら、燃え盛る様を怯えながら見守っていると、なんの脈絡もなく地獄の業火が、聖なる魔法にかけられたかのように、一瞬のうちに、みるみる弱まっていき、何事もなかったかのように元通りの白い豪邸に再生し、そこから住人らしき30代後半の女性ふたりが飛び出てくる。

 その女性らが私の横を通り過ぎた。黒い短髪で銀縁眼鏡をかけた前歯の一本欠けた女性が、「ヤヨイはどこ?」と極めて軽い口調で、傍にいる黒い長髪で釣り目の綺麗な女性に問いかけていて、「私たちより先に、どこかの川原に逃げ込んで倒れてるらしいよ」と、不条理なほどに呑気な調子で返答されていた。私は思い当たる節のある川原へ迅速に向かった。そこではヤヨイを見かけなかったが、「うー、うー」と涎を垂らしながら、ぬかるんだ地面の上に敷かれたダンボールの上で寝転ぶ、ロリータファッションの女装をした中年のような性別不詳の醜い人間ならいた――これは明らかにヤヨイではない、はずなのだ。

 しかし私の後に到着した例の女性陣は、その人物を「ヤヨイ」と見做しているようだった。二人は彼?の両腕と両足を無造作に掴んで、無表情に、どこかへと運んでいった。

 得体の知れぬ虚無感に襲われた私は、何も見なかったかのように自宅へと戻っていく。

 ここで夢は終わる。

アレンジテキスト「歩み続けるための自殺 1-1」 文章モデル:アルトゥル・ショーペンハウアー「自殺について」

「自殺について」より、軽くアレンジした文章たち

副題「死によって私たちの存在は滅ぼされない:前」

 ①

 罪業の意識より、我々は最善となりゆく。

 ②

 我々は死を極めて恐れ厭う一方で、一切の腐臭が浄化された世界への旅立ちとして考えることもある。これら二つの状態には、いずれにも正しい根拠はある。前者は時間的意識に満たされているため。後者は、前者の意識と、時折思い出してしまう「過去の一部」を混ぜ合わせる思考&究極的な秘密が解き明かされることによる快感が得られるであろうという期待のため。大抵の場合、経験を積み重ねてきた意識には、「己が存在そのものの、おぞましさ」と「この世の災禍」が付き纏ってしまい、世に蔓延る「病魔ごころ」(「迷い」と「予測不能」と「悪だくみ」と「愚かしさ」に満ち溢れた空間)によって研ぎ澄まされていく意識は、研ぎ澄まされていけばいくほど、「死」にとりつかれてしまう。我々を悩ませる他の人々の「病魔ごころ」は、もともと我々自体にも一様に備わっている。ゆえに私たちの存在そのものの内側に、おぞましさが象られてゆく。形あるものは皆、「形」から抜け出すことはままならず、「形」あるものなりの悩みを抱え、やがては消滅せねばならず、形あるものには外部からは何の救いも訪れない。しかし形あるものの中には「形無き永遠のもの」も存在し、「自己肯定/アイデンティティの確立」と「最善の行為」を積み重ねていくことによって、己の中に眠るソレを少しずつ認識してゆくことで、自らの「形」そのものに救いを与えることはできる。

 自らの欲を禁じ、苦行の道を突き進むということは「過去・現在・未来への、おそれからくる行い(しかし否定ではない)/精神の純潔を保とうとする態度」であり、快楽追求は「過去・現在・未来への肯定/精神の純潔を、嘲よう/愛でようとする態度」であり、精神の純潔を保護しようとする行いは、己の意識を他者の「甘美性」から、自己の「皆苦性」へと進む移りゆきである。しかし「精神の純潔」が大多数の者に守られるようになれば、人類は死滅するであろう。

 自らの意志による飢餓死の過程こそが、時空に対する最高位の抗い。永い時日にわたる苦しみとともに死にゆこうとする意向は、欲に塗れ途轍もない悪臭の漂う世界への、全否定。

 ③

「私は存在しないものに、いつか、なるのだろうか。しかし、もし私が無くなっても、それでも何かは残っているだろう!」

「あなたの言ったことを、そのまま捉えるだけなら、あなたは正しいことを言ったことになる。しかし、あなたが、どこまでも深い思考の末に考えついた結論であろうとも、結局、私は、あなたの奥底までは知れないのだ。どれだけ仲を深めようとも、ね。それだけは忘れないでほしい」

 

(続きは気が向いたら更新しますね)

短詩集「逆転する虚無」

???電波 読書中級者向け

「のうみそ」

あかくておいしそうなのうみそ


ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ
ぱくぱくぱくぱくぱく
げーげーげーげーげー
とろとろとろとろぱふぇ

てくびがたかぶる
あしくびがふるえる

こまをまわしても むいみ 

 

 

「じゅうじか」

きりすと まりあ せいしょ 
もやしてみると しろいこなが きょむのまちに ふりまかれる
わたしはまりあによくじょうする
ちつのなかのかのじょはかめんをつけていないから

もえるごみにんげんをひろっても
ほほえんでいる きりすと

ひとつのくにがほろびたとき
てんしたちがさえずると
われわれは ごかいしていないだろうか?

ごほんのゆびは きりすとをぶんかいできる にんげんのぶき

せいしょをめくり てくびをはずす もうもくにんげん

 

 

「あおぞら」

ひいろのぬまち
あかわいんのなかのめだま
くびつりしたいのうつくしさ

えいえんのしょじょであるあおぞらには
これらにかちをみいだせない

 

 

「みかづき」

きりさかれたわたし
こもりうたをうたえなくなったことり
かんがるうのぽっけのなかのしょうねん
あざわらうしょじょまくたちは
てつがくをこのよでもっともふようながくもんだとしんじている

とうめいいろのみかづきは 

にんげんのえいちをうばいさるないふ 

 

 

「ないふ」

べろのうえでころがるかわいいじごく
ゆめのなかであめだまをなめている
かあさんからのぷれぜんと
ぼくはおかえしに し をおくった

 

 

「うちゅう」

にんげんのなかでねむっているこすもす
あかいちのなかでながれているほしぼし
かみはしんだとなげいているわくせい
うまれたときからすでにもえつきているうちゅう

 

 

「かえる」

げこげこげこげこげこげこげこげこげこげこ
ないぞうのなきごえは しんぞうのーとにくらやみをかきなぐる
ぶっだにばけたかえるたちはきづいていない
じつはじぶんたちこそがほんもののぶっだであることを

 

 

「うめしゅ」

うめしゅは あまいすいみんやく
みらいへすすむためのかつりょくをうばうけれど
ちずにえがかれたたいりくへ いのりをささげてくれるいいこだ
わたしはやみのなかで こくごじしょをもやす
ろうじんたちを こうじえんでぼくさつする

 

 

「ねこ」

かつおぶしのただよううみで
せみとぶたとまたたびのはいったみそしるを
いっしょうけんめいすするめすねこ
くびのうしなわれたししゃにもいのちがあるとしっているせいで
むちゅうにならざるをえないのだ

 

 

「かめん」

かめんでかおをかくせても
あかいほおぼねはむきだしのまま
くるまいすでまえにすすんでも
だいちはけがれたままだ
むすうのもじをかきなぐっても
かあさまはほほえんでくれない

それなのに とけいのはりはすすんでいる

 

 

「せいしょ」

えいごうにしてむげんのせいしょたちよ
ちぬられたつめ つめ
あおくひからびた ろうじょ
きずだらけの せなか 
ほろびの とし
ねこの びがく 
つみとばつにかくされた やまい

うつくしさ
と 
つるぎのようなはきけ
を 
しっているか

 

 

「じさつ」

わたしにそとわくはいらない
ほうせきのようなかがみもいらない
しょじょのほほえみすらいらない
がんかのおくのつららを すてられないかぎり

 

 

「さつじんき」

おおいなるゆびさきが
わたしのひふをとかしてゆく
けだもののなまづめが
あまぐもののうみそをきりさいてしまう

いのちを ぼたん で しはいしようとする てつのかたまりが
ぞうおのつばさが まなこのおくをやきつくす

くらいひかりが あおぞらをまう

せなかにながれる ひとすじのなみだ

わたしのみぎてには きかんじゅうがとりついている

 

 

「みくろこすもす」

エリーは まいにち いのる
せかいじゅうにこうふくがふりそそがれてほしいから
エリーは くろすいしょうのしんぞうをえぐる
みくろこすもすのおくのおくへ たびにでるために
エリーのないふは せいなるしょもつにはえたてあしを
きりさける
エリーは し を つくるとき いつも しろいくものうえに
さくらのきを さかせている

わたしがエリーのひとみをなめるとき
いつも わたしの ひいろのみぎては
とうめいいろのいろえんぴつで 
えいえん という なまえの し のかけらを
あおぞら という なまえの みくろこすもすのなみだに 
かきとめている

 

 

「げいじゅつ」

せかいがすうじでできているならば
ぼくらは すうがくきごうにならないと 
いきていけないだろう
せかいがまばゆいひかりだけでてらされているならば
もうもくのいのちが はいいろのぶたい に たつ いぎを
うしなってしまう
せかいがいちめんのあんこくだけでおおわれているならば
りすたちのひとみは し に かちを
みいだせなくなってしまう
せかいが かみ が つくったとしても
ぼくらは こくうのかじつ から 
うまれてきた

さあ みんな こおりのかめんをはがすときは もうまもなくだ

にんげんのつるぎは 
おおいなるかみがあたえたむじゅんすらも 
いっしゅんにして つらぬくのだ 

 

 

「がががががががががが」

がががががあがががが
がががながががががが
がががががががたがが
ががをががががががが
あががががががががが
がががががががががが
ががががががががこが
ががががががいががが
がががががががががが
ろががががががががが
がしがががががががが
ががががてががががが
がががががががががが
がががががががががが
がががたがががががが
がががががががががが
がががががががががる
がががががががががが
ががががががががいが

お星さまへの手紙

読書初心者向け

 ある日ぼくはお母さんを殺しました。人殺しとは心が痛むそうです。お母さんは痛そうだったけど、ぼくは苦しくなりませんでした。どうしてお母さんを殺したかというと、特に理由はありません。何かを好きになることと大差はないと思います。別にぼくは病気ではありません。単に実験してみたかったんです。首をちょんぎったら、どんな風になるのか。ぼくの行いを人々は皆おかしいというのですが、ぼくはそう思いません。ただ、首の断面から美味しそうなミートソースが流れているだけでした。首について興味を持ったことはありません。ただ真実が欲しかっただけなんです。人間の正体は本当は生ごみで、誰だって首をちょんぎれば、国会議員もホームレスも同じです。別にぼくは狂っているわけではありません。ただ死を間近に見たかっただけです。鼠ならぼくの気持ちがわかるでしょう。でもあれだけでは死が足りません。もっと世界はぼくに死を施せ。ぼくは、そうお星様にお願いしました。

瞳の中の道化師

短編小説 読書初心者向け 宮子さんへ推奨!

 本作は自殺した友人から訳あって著作権を譲り受けた短編小説。

 誤字脱字を修正する以外の添削は行っていない。

 

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「道化師は何故笑う?」

  1

 私の両親は、幼子でも解るほど下衆な人間だった。社会的重圧に耐えきれずアルコールに溺れ私と母を毎晩痛めつけた父と、私を産んだことに対する後悔を実の息子にあたるネグレストの母。酒の汚臭が漂い家庭の温もりの欠片もない環境で育った私は僅か6歳にして運命を呪い、両親が滅んで欲しいと神に祈る日々を送っていた。
 そんなことを年端もいかぬ餓鬼が祈るんじゃない? あの両親から受けてきた言葉は、それ位は仕方ないと思っている。
 以下の文はあくまで一例であって他にも私の心を歪ませる台詞は山ほどある。大体両親の人間性が分かって貰えればそれで良い。
「お前なんか、産まなければよかった」
「黙れ餓鬼、死にたいか?俺はこの家の主で、貴様は奴隷に過ぎない」
 両親の非教育の結果、私は笑うことが出来ない子供に育ってしまった……。
 きっと僕の世界が何も変わらなければ、何もかもがおかしいまんまだ……
 僕は他所の子供みたいには成れなくて一生笑顔を知ることができない……
 僕は何になれば他所の子供のような無邪気な笑顔で世界を歩けるのだろう……
 嘆きの詩を頭で思い浮かべて眠りについたそんな夜、私の世界を変えるあの存在と出会ったのだ。

  2
 
 目を覚ますと、私の眼前に「道化師」が居た。道化師は毛布の上から、私に微笑みを見せ「バアッ」と驚かしてきた。私は何が何だか分からないままつられてクスリと笑い、道化師はとても気持ちよさそうに笑っていた。
 その後数秒の沈黙の後、道化師は、「ハテ?」と首を傾げる。「コワガラナイ?コワガラナイノハハジメテダ」正直自分でも、深夜に突如として現れた道化師に恐れない自分が少し不思議に感じる。とうとう僕はおかしくなったのだろうかと思っていたら道化師が、「オカシクナイヨ!」とおどけた口調で手を振ってきた。じゃあ、何?と尋ねようとしたら、「ワタシモヨクワカラナイ」と答えた。  
 これでは混乱するしかない。これは何なのだろうと考えていたら、「カンガエナイホウガイイカト……」と自信がなさそうな声で答えてきた。……分かったのは道化師が私の心を読めることと、危害を加える気はなさそうだということ。只々訳が分からず思考を停止していた……。
 そして何の前触れもなく道化師が私の瞳に吸い込まれていった。事は数秒の内に終わり、道化師は視界から消え、私の視界は闇に包まれてゆく……。
 翌朝、私は起きて……それが夢だと認識する。何かが変わるような気がしたが、何も変わらない。所詮夢なんてそんなものだ……。「ユメジャナイノダ」
 ……夢の道化師? 声が聞こえる……でも…姿は……幻聴だろう……。

「イルヨ!」

 !?!?!?

 夢の存在のはずの道化師が私の視界に映っていた。

  3

 それ以来道化師は、私の視界に入ってきては何かと世話を焼くようになった。学校でのテストや、授業、クラスメイトとの交わりなど日常生活にも口を挟んできて、「ココハコウシタホウガイイヨ!」とその場の状況に応じての正解を教えてくるのだ。最初の方は鬱陶しいと思いつつも、道化師に従っていれば最終的に正しいものとなるので、そのうち悪いものではないと思うようになってくる。ただ、わけは分からない。しかし、決して人生ベリーイージーになったわけでもない。道化師は私生活での勉強や肉体強化、同級生との交友等自らの研磨を積極的にやらせるのだ。もしサボろうものなら道化師の精神攻撃を食らう羽目になる(黒板を引っ掻く、ゴキブリの死骸を投げる等)。
 また道化師は、私の人格に対しても矯正を進めてくるのだ。主なカリキュラムとしてはバラエティ番組や、お笑い番組、コントや漫才、一発ギャグ、受け狙いのトーク等を見せて学ばせた。私を道化師に仕立て上げようとしていたらしい。さすがにプロ並みにはなれなかったけれど、学生生活ではこれらが非常に役立つものとなる。
 11歳のある日私は隣の席の女子に最近の私がよく笑うようになって嬉しいという旨の発言を頂いた。これはきっと道化師が私に笑いを教えたおかげなのだろう。
 つまり私はあの道化師によって笑顔を手に入れたということになる。とても嬉しかった。
 そして同時に道化師の存在に心からの感謝をこめて、ありがとうと伝えてみた。道化師はただ、笑みを浮かべるだけだった。

  4
 
 学校生活では順風満帆だったが、家では昔から何も変わっていなかった。両親を忌み嫌い、学校で見せる顔とは真逆の顔をするだけで、両親とは言葉を交わそうとしなかった。両親の方も私に対する態度は何も変わらないので妥当だろう。
 だが16歳の誕生日、ふと思った。両親は本当は自分が大切だけど愛し方が分からないから、いつまでも私たちはおかしいままなのではないか、私の方から笑顔を見せていけば両親もきっと変わってくれる筈……。本来私は何か重大な物事を決めるときは道化師とコンタクトを取ってから決断するか、道化師の方から勝手に現れて「ヤメタホウガ……」と勧めてくるのでそれに従うことにしている。  
 しかしこの問題に関しては道化師を介入させたくなかったため自らの判断で決定した。そして両親に笑顔を見せ、愛嬌を振りまくようになった。
 ……しかし私の努力も徒労に終わる結果になった。両親は以前より私を疎ましく扱うようになり、避けられるようになってしまったのだ。つい寂しくなって涙する日々が続いた。
 ある日私は両親とのこんな会話を偶然耳にした。その内容は私がいずれ自分たちを殺すのではないか、だからあいつを殺さないかという父と、私を自分たちの金蔓として利用してから殺すべきだという母が、私をどう扱うべきかの作戦を練っていた最中だった。
 私の中で何かが切れて、道化師は囁く。

「コロセ」と。

 私は用意周到に立てた計画を実行し、家に火を放ち両親を殺害した。計画に抜かりはなく私は疑われることもなかった。私は鏡を見てとびきりの笑顔を作り、道化師はいつもより不気味な笑顔を見せた。
 
   5

 それ以来、私の人生は特筆すべきことのないことばかり続き、順調に進学し、就職、結婚までこぎつけた。あの道化師もまだ視界に存在する。順調すぎて退屈な人生ではあるが決して悪いものではなかった。愛すべき妻、充実したキャンバスライフにやりがいのある職場…これらは全て道化師のお蔭で手に入れた私の宝物なのだ。……だがその間、ある違和感も感じていた。
 それから十年の歳月が経ち、私は出世コースを進み、妻と私の間に子供が出来た。妻から、名前はあなたが決めて――と伝えられて熟考の時を与えられた。道化師も何個かよい名前を推薦したが私の息子に、どうしてもつけたい名前があったため、私は珍しく道化師の意見を却下した。道化師は残念そうに笑うだけ。私は娘に「笑美」と名付けた。笑顔の綺麗な子に育ってほしい願いを込めてつけた名前だ。妻はとても賛成してくれたのだが、道化師は何故かつまらなそうに笑っていた。
 さらに歳月は流れ、笑美が十二歳を迎える一ヶ月前のある時。私は仕事を終えて休憩室でコーヒーを飲みながら以前感じたことのある「違和感」について考察していた。その正体は少し考えればわかるものだった。
 ……私は本当に私なのだろうか、ということだ。
 ……考えてみれば、私の人生はあの道化師によって導かれたというより仕組まれてできたものだと考えた方がしっくりくる。今も……その道化師は私の瞳に映っている……何者……お前は何者なんだ……問いかけてみると、私を惑わす答えが返ってきた。
「ジャア、オマエハナニモノダ」
 道化師はいつものように笑いながらこちらに目を向けてくる。私は何も反応できずただ固まるばかり。私は私を失っている……大切なもの、己が欲望の為に私の心を隠している……。思えば、この笑顔の裏にどれだけの嘆きを捨てて生きてきたのか。そして何より、道化師は何故いつも笑えるのだ? 
 私は……一人の時は頭を伏せ何も考えず只々視界が無に染まることを待つばかりの虚無的存在。お前は私にとって何者なのだ? お前は私の瞳の中に居る理由が分からないのか?……私に助言こそするが、決して愛があるわけでもないのは分かる。瞳の中の道化師は、いつも私を見透かしている怪物。では問おう道化師よ。この私の笑顔はいったいお前にどう映る? 天使のようか、悪魔のようか、化け物のようか、それともこの世のものではないというつもりか……。
 だが道化師はただ笑うだけだった。
 そして「ワカラナイヨ」と答える。
 そして「バカミタイ」と答える。
 そして「ワタシモアナタモ・・・ドウケ」
 ……考えても無駄だと悟った。無理に思考をリセットする。哲学とは若輩の頃に卒業するものだ。私は、今、大人であるが故……目を向けるべきは現実……愛する家族を守るため……私はここにいる。愛娘・笑美は、今も昔と変わらぬ笑顔で世界を歩いている……その笑顔も、いつ誰の手によって崩壊するか分からないのだ……故に私が考えるべきは娘の幸せ……笑美、愛している。私はただお前の為に……そのためなら……。
 すると休憩室のドアが乱暴に開き、私の名前を上司が叫び、妻からの電話が入ったと聞く。部署に戻り、受話器に耳を傾ける。
「どうしたんだ?」

 笑美が、自殺したとの知らせを受けた。
 
  6

 笑美が死んだあと私は病院のベッドの上で余生を送ることになった。
 私の視界が壊れ、あの道化師が……道化師が……赤と黒と白が、溶けて、何もかもが……になり、何も見えない。そして道化師は消えていた。何者かもわからずまま。
 それでも時は流れ、何時の頃かはわからぬが、妻から笑美の遺書を見つけたと聞き、妻から遺書を受け取る。遺書の内容は極めてシンプルにまとめてあった。

「本当の笑顔ができない自分に嫌気がさし命を絶つことにしました」

 この遺書を見た私は、狂い、私の手首に刃物をつけて狂い狂い狂い赤を見た。狂い狂い赤はやがて深淵の黒へと変わり狂い狂い笑顔の私が私を見つめている。そして私の顔は、あの道化師の顔へとなっていくのだった。