TH.Another Room

学生時代に書いた文芸作品をアップしています。

殺戮のルナ・メイジ 10章

 帝国からの刺客を撃退した日の翌朝に、ルナはドロシーの逃げ場を確保し、そこへ共に脱出しようという目的で、ベルドラード島の上空を飛行していた。とりあえず島から遠く離れられれば、安住の地が見つかるかもしれないと思い、天へ飛び立ってみたのだ。あそこに留まったままでは、次にいつ襲撃をかけられるか分かったものではない。

 ところが、その途上で思わぬ壁にぶつかってしまい、ここから逃げ出すのは無理だと諦めざるを得なくなった。この島には、どう足掻いても壊せそうにない、ドーム状の、透明色の障壁に囲われていると判明したのだ。海の彼方へ向かおうとしても、白い雲の上を突き抜けようとしても、叩くとトンドンと音のする謎のバリアに、行く手を阻まれてしまう。おそらく帝国の者が、労働者の逃走を防ぐために仕掛けたものだろう。

 ふゆふゆと宙を浮かびながら、頭を抱えるルナの背後にジュドが現れる。

【先ほど報告したとおりでございましょう】

(ええ……でも、この程度の結界なら簡単に壊せるわ。全力さえ出せれば、だけど……)

 だが今の魔女の王には、ある深刻な事情によって、力を開放できそうになかった。

【しばらくは体を休めなければ。明日になれば回復するかもしれません。ひとまずベルドラードへ降り、別の手段を模索しましょう】

 仕方なく、愛する彼の待つ小さな寮に戻る。玄関の扉を開けると、おかえりなさい、と甘くて甘い声が耳に届いたので、黒い靴を高速に脱ぎ捨て、ひゅぱーんと抱きつく。

「ただいまのキスして!」

 はい、とドロシーは満面の笑みで答え、望み通りの口づけを、頬に。しかし狂える乙女は一度きりで満足できず陵辱を待ち望んでいるかのように白く柔らかい後ろ首に手を回し何か言いたげな唇を口紅の塗られていない唇で押さえ込む。絡み合う舌先で、理性のボタンを外していく少女を、薄目で見やりながら、今日すべきはずのことを頭の中で整理する少年。主の痴態を、アクアリウムの海月を眺めるように眺めていたジュドは、(またか)と呆れた。またしても理性的に振る舞うべき場面において正気を失ってしまうとは。今まで、その悪癖によって、あなたが愛していたはずの、あの猫耳の彼に、どれだけ迷惑をかけてきたのか忘れているのか。それを責める気持ちは全く沸かないのだが、少しは成長してほしいものだと、心の中でぼやいた。

 青年は呪文を唱える。「ウォーブ」

 コートを着けた女豹めがけて、両手からバケツ1杯ほどの水を、ざしゅあっと放つ。

「申し訳ありません、ドロシー様、服のどこかに、濡れた箇所はございますか?」

「あ、いえ。大丈夫です。見苦しいところを見せてしまって、すみません……」

「ジュドオオオオオオオオァァァァァッァァァァァァァ!!!!!!! ジュドオオオオオオオオァァァァァッァァァァァァァ!!!!!!!」

「本日は午前中に、御二人で二日前の事件の現場へ赴くはずでは? 今なら敵もおりません。悪魔の居ぬ間に洗濯は済ましておいたほうが、何かと捗るでしょう」

 せっかく、いざ刺客が現れたとしても問題がないように、わざわざ怪しい者の動きを鈍くできる結界を、工場内はおろか、島全体にまで仕掛けておいたのだ。それも24時間が過ぎれば消滅してしまうのだから、早く行ってもらわねば困るのだ。

「~~~~~~~~~~っ!」

 歯痒そうな顔をしつつも、素直に忠臣の進言を聞き入れる魔女の王。ずぶ濡れになったコートを、狭いクローゼットのハンガーに掛ける。「あんたは留守番してて。万が一、近くで敵を見かけたら、即座に連絡するのよ?」

 承知しました、とジュド。二人は、お手々を繋ぎながら島の中心部へ向かった。

 赤髪の魔女は、桜の森に囲まれた、縦長の白い工場を観て、ぼやく。

「ずいぶん、ボロっちいのねえ」

「作業員たちのあいだでは、外壁の修理なんて数十年ほど前に行われて以来、一度もされてないっていう噂が流れてましたね」

 中へ入ると、玄関の右手側にある、どこか奇妙な扉に目をつける。(おそらく、これが昨日、ジュドの言ってた部屋のことね)

「……奥に、進みますか?」

「……あたしの傍から離れちゃ駄目よ?」

 ぎっ・い・い……。

 床の中央部に描かれた、黒く巨大な十字型の紋章が、目に飛び込む。入口の付近で、注意深く室内を見回してから足を踏み入れる。

 地下へ通じる隠し扉というのは、右奥の壁にできている、あれか。一見、何の変哲もないドアだが、たしかに報告どおり、得体の知れない禍々しさを感じ取れる。ドアノブに触れてみると、全身に凄まじい不快感が走った。ひどい吐き気を催したが、それを堪えて開けようとしてみたら、右手に灼熱の痛みが生じ、つい鋭い悲鳴を上げてしまう。

「ルナ!? 大丈夫ですか!?」

「ぜんぜん平気……でも厳しいわね」

 強行突破するのは至難の業だろう。まあ今の段階で地下へ進むつもりは毛頭ないのだが。

 室外から出たあと、一階の他の場所も一通り見終えたのだが、特に異様なものは見当たらなかった。ふたりは階段をカンカタと上っていき、二階の作業場へ通じるドアの前に立つ。扉の隣にある小さなガラス窓が僅かに開かれており、そこから蒼魔玉の、石鹸のような香りが漂っている。

 急に、軽い目眩と頭痛を覚えるルナ。その原因は薄々感づいていた。

「ところで、ジュドからMPとMSPについては、もう聞いてたかしら?」

「? はい。MPっていうのは、術を扱う人間の持つ特殊な力で、簡単に言うと“財布”です。たとえば僕のMPが100だとしたら、2ポイントを消費する呪文は、50回まで使えるんだと言ってました。ちなみにMPは、使い魔と一部の術師にしか計れない数値でもあり、しかも正確な数字がわかるのは、その中でも、ごく僅かだとも仰っていましたね」

「じゃあMSPの概要は?」

「あの人は心のスタミナだって説明してました。術師の精神が健康ならMSPは満タンですが、疲弊しきると0になるらしく、それが空だと一つの呪文で消費されるMPが倍増したり、呪文を唱えただけで体が激しく痛んだり、一部の術が使用できなくなったりする弊害が起きる。だからMSPを普段から100%にしておくように努めるのが、魔法使いの義務なのだと、ジュドさんは語ってました」

「MPとMSPの回復法は?」

「原則的にMPは、本人にとって必要な睡眠時間をとれれば満杯になるんですが、MSPの回復は人によって千差万別らしいんです。つまり、何もしなくても勝手に治っていく人から、一生かかっても0から100に戻れない人、なかには、そもそもMSP自体が減らない人までいるらしいです。MSPを全快させる手段も人それぞれで、それは各自で見つけていくしかないんだと聞きましたね」

「……MSPが0の状態だと、眠りにつくことによってMPは回復する? しない?」

「心に深い傷を負った身体は、その大元を治さなければ、闇は祓えないままだと……」

「……すごいわ。どれも百点満点の回答よ」

 がきゃん。死の臭いが鼻を突く。ふたりは苦しげな顔をしながらも前へ進んでいく。ぺきゃ。ぺぎしゃ。たくさんの壊れた機械の欠片を、踏みつける音を立てて歩く。無機質な床と壁には、蒼魔玉の溶けた青い液と、赤黒い絶望の混じりあった、広大なる架空の世界の、地獄のような地図が描かれている。

「……あれ?」と辺りを見回し、困惑の表情を浮かべるドロシー。「どうしたの?」

「二日前の死体が、ぜんぶ消えてる……」

 そこには、なかった。内部には大量の黒い血痕こそ残っているが、どういうわけだか死臭だけは漂っているのだが、労働者たちの死体のみならず、魔女の王に葬られたはずのヒトクイキマイラの亡骸まで、消失していた。

(今、あたしとシュドは間違いなく、かつて暮らしていた世界のパラレルワールドで生きている。以前の次元で得てきた知識は、ここでも、ある程度は通用するはず)

「へぇ……そういうことも、あるものなのね……ところでドロシー、一つ聞いていい?」

「はい? なんでしょうか?」

「お仕事中に、結構な頻度で、頭痛や目眩に苦しめられてなかった?」

「え? よく、わかりましたね?」

 ルナは検品室から拝借してきた、不良品のサンプルとして使われる野球ボールサイズの蒼魔玉を、スカートのポケットから取り出す。

「こいつはね、毒があるの。溶かすと出てくる青いガスを吸うと症状が現れるのよ。個人差もあるけど、普通なら3~4時間も吸ってれば立ってるのも辛くなるわ。耐性の弱い人だったら、すんなり逝っちゃうでしょうね」

「……やっぱり……なんですね……」

 二度と思い出したくもない、恐ろしい光景が頭によぎる。作業中、隣で黙々と手を動かしていた色黒の若い男性が、突然、ブルーベリーのような顔色になって、激しい嘔吐を起こし、そのまま気絶して帰らぬ人になった悪夢の記憶が、少年を沈痛な面持ちにさせる。

(人の世に悲劇は、つきもの。そして歴史は繰り返されてしまうもの)

 恋人の右手を優しく握り締めながら、ルナは事件の背景を推測していく。

 昨夜、自分たちを襲撃した魔術師がベルウォードからの者であることから、十中八九、一連の凶行は帝国が仕組んだものだ。組織的な力が働いているのであれば死骸の回収も難しくないと思われるし、その理由にも説明がつく。確証はないのだが、確かな自信がある。おそらく人々とキマイラの体内に遺された魔力のエネルギーを再利用するためだ。魔導文明を発達させるには、死んで間もない骸が必要不可欠なのだ。かつて暮らしていたマルモンド国をはじめとしたDの国々にしても、死屍累々によって国家を繁栄させてきたのだから。いずれにしても、一筋縄にはいかない相手から命を狙われたのだと、はっきりした。

「大体わかったわ……もう出ましょ?」

 ルナは少年の震える手を握りしめる。怪しげな気配こそするが、どこにも魔術師が見つからない。これ以上、留まっていても仕方がなさそうだ。ふたりは出入り口に向かった。

「あ、ところで、さっき空から脱出場所を探すついでに、この島は見回りましたか?」

「ううん、まだよ?」

「もし良かったら、今から、僕がぐるっとベルドラードを案内しましょうか?」

「ぜひ、お願いするわ! (ジュド。もう留守番はいいわ。今から、こっちにきて、あたしのサポートに入って。少しでも危険な気配を感じ取ったら、いつもよりも素早く報告するように心掛けて。あと、ちょっと肌寒いからコートを持ってきて頂戴)」

【承知いたしました】

 島を、案内。ルナは、その道中にて、魔術の実験台が見つかれば幸いであると思いながらも、こう思ってみた。これは、ちょっとしたデートの、お誘い! 大した目的もなく、愛する人と散歩ができる! 未知なる神秘に遭遇したおかげで、陰鬱な心に光を灯せるかもしれない! たとえ、どれだけ強大な敵が島に潜伏していようとも、愛し合う私たちの邪魔など絶対にさせやしない。さあ、警戒心を緩めて、優雅に歩いてみせましょう! 

 鼻歌を歌いながら、しっとりと散策しているうちに、ベルドラードは意外にも緑豊かであり、あの吐瀉物臭い配給広場を除けば、それなりに自分好みの地であると気がついた。桜の林は普通に美しいし、何より島の南に広がる花畑が、趣味である青姦を実行するのに最適そうなところが、たいへん喜ばしい。ふるわりとした、お花たちをベッドにして、恋人を、犯す。燃え上がり、蕩ける胸中。

 そんなルナの横顔を見て、ふと今朝の出来事を思い出し、とりあえず避妊具を用意できないうちは、きっぱりNOと断れるように努めておこうと、固く決意するドロシー。

【しかし、いやに長閑ですね。今のところ怪しい者や罠らしき物は、一切見当たりません】

「帝国の管轄地でさえなければ、ここで一生を過ごすというのも、ありねっ!」

(奇妙なものだなあ、こんなときに)と思いながらも、その楽観的な様子に救われるドロシー。「あなたの傍にいられると落ち着けます」

 魔性の横顔を照らす昼の陽に、ひひぇっと気味の悪い笑顔を見せつけ、無性に熱くなる女体に嘘をつくために、気温のせい気温のせいよと心中にて復唱する魔女の王。

「島の北部の、漁村も紹介しましょうか?」

 するとルナは一瞬にして真顔となり、極寒の地を連想させる、低く冷たい声で尋ねた。「そこに人間は、いなかったわよね?」

「厳密に言うと、この島には、囚われの身である僕たちが強制連行される以前にも、その村で暮らしていた先住民が20人くらいいたはずなんだけど、なぜか皆、今は行方不明になっています……ルナ? どうしたの?」

「……そいつら、全員、ライト側だった?」

「あ………………はい。もし、後々、彼等が戻ってきたとしたら、あなたの姿が見られないように努めておくので、安心してください」

 ドロシーとしては彼女が何者であろうが一向に構わないのだが、ライトメイジがライトメイジであるだけで、ダークメイジに命を狙われてしまう世界情勢においては、白の人々にとって悪の象徴そのものである黒い十字紋をつけた魔女と、ベルドラードの村民たちとを会わせるのは、まずい。

「……ありがとう、うれしい……それじゃあ、案内してちょうだい」

 二人は村に到着する。

 ここも無人であるかぎりは、あたし好み。寂れた木の家の立ち並んでいるところや、砂浜の上で老朽化した漁船が横になっているところが奇妙に愛おしいの。と、荒廃の地を見回しながら、ぼんやりと思う魔女の王。

 先住民たちがいなくなる以前から虚空のような場所だとは思っていたが、彼等が1人残らず行方をくらましたあとは、さらに空虚さが増したと、改めて実感する少年。

「ねえ、ドロシー。生きるために必要となる物資を、空き家で物色しない?」

「うーん……やめときましょう。家主が戻ってきたら、ただの泥棒になっちゃいます」

「そう言うと、思ったわ……可愛い」

【……ルナ様。私もドロシー様の仰るとおり、盗みをはたらくのは賛同しかねます】

「どうして反対なの?」

「民家のいずれかに敵方の術師の用いる拠点があり、そこに侵入してしまう可能性があるからです。有益な道具を入手するために漁られた室内には、例えば指紋などの、あなた様の痕跡が嫌でも残るため、つまり相手にとって有力なデータを与えてしまう恐れが】

「ねえ、あんた、さっき怪しいものや罠は無いって、悠長に断言してなかった?」

【絶対は絶対にない、という絶対を信じるゆえの意見でございます。そして、あなた様の“お心”を配慮した上での諫言でもあります】

「……わかった。今回は、素直に聞き入れる。でも、ジュド。空き巣はしないけど、かわりに盗撮はしておいて。とんでもない何かを発見したら、村を出る前に必ず報告するのよ?」

 二人は海辺に赴いた。そこには邪悪な気配は漂っておらず、これといって今後の生活に役立ちそうな道具は落ちてはおらず、魔女の王にとって必要となる物もないと判明した。 そして辺りに響く、さざ波の音と小鳥の鳴き声が、ルナとドロシーの気を緩ませていた。

 少年は、少女の左手を、か弱い右手で握り締めながら、こう感じた。衰弱の島に、ようやく夜明けの時が訪れたようだ、と。

 砂浜から海の彼方に想いを馳せながら、何気なく足元の貝殻を拾い、それを耳に当ててみるドロシー。ベルドラード島に来て、はじめての体験である。この音を聞いたのは、いつ以来だろうか。もう二度と思い出したくもない過去の中でも、今も美しく響き続ける、父と母の健やかな笑い声が、ふと蘇り、つい目頭が熱くなってしまった。

 そんな彼の傍で、深海へ堕ちゆく自らを思い描きながら、胸中にて燃え滾る破壊衝動の如き情念を沈めようとするルナ。椰子の木の陰を纏っている、恋人どうしで座るに適したサイズの、椅子として適切な切り株を発見しただけで、つい理性が女の欲に押し潰されていた。愛する者の可憐な瞳の裏で湧き上がる、幸福な思い出の数々を推し量ることの叶わぬ、哀れな獣と化してしまっていたのだ。

「そろそろ、暑くなってきたわね……」

「では一度、あそこの日陰で休みますか?」

「そうね……ゆっくり、しましょ?」

 それから、しばらくの間、ふたりは肩を寄せ合いながら、空白のごとき海辺を眺めていた。その海景色は少年にとって安寧をもたらす静寂の象徴であり、少女にとっては、この世界の人々に救済をもたらす場へと繋がる門の一つである。すべての人間の肉体を一人たりとて残さずに、宇宙のように巨大なトランクの中に閉じ込めて、海の底へ沈めるよう手配できれば、肌の十字紋の色が白であろうが黒であろうが何の意味もなくなる新世界に皆で到達できるかもしれないから海は善く、青い。だから溺れたくなる。

 彼女は緩慢に立ち上がった。「ねー、どろちー?」と、妖しくも甘ったるい声をかけながら、彼の頬を両の手の十本の指先で触れ、「やっぱり、かわいい」と微笑むと、勢いよくキスをして、ズボンの下の柔らかいのであろう太股を直に愛でることを望みながら薄汚れた作業衣の奥に隠された陰茎に手を伸ばした。ふたりは、わずかな間、沈黙した。ルナはコートを脱ぐ。上着の下の、黒いボタンの7つ付いた白いシャツを晒す。自らの胸元を指差し、尋ねる。「みたい?」

「……なにを?」と、今から見せたがっているのであろうものの分からないふりをし、やや怯えた顔つきをつくってみるドロシー。しかし紅潮した肌は教唆していた。かつて女体であったはずの、その男体は女を求めていると。

「意地はらないの。素直になっちゃいなさい」

 すると彼女は先程までのスローな動きからは想像もつかぬほどの早さで、シャツのボタンを外し、黒のブラを脱ぎ捨て、極めて人間的な乳房を晒し、彼に押しつけた。それを少年は魔女の腕の中で、おずおずと舐めた。娼婦の手つきでスカートの中の太ももを撫でた。焦燥が、生まれた。色めき立つ男と、奇妙な無音に耳を傾ける女は、この現世において誰よりも先に、天国へ向かおうとしていた。

 やがて射精を終え、正気に戻り、恥ずかしさのあまりに泣き出した恋人の顔を見て、ついクスススと微笑みながら、ルナは呟く。

「……目的は、果たせた」

 辺りを見回しながらも素早く衣服を着直し、下品な高笑いをはじめたところを見て、小さくも怒りの篭った眼で、謝罪を無言で要求し出すドロシーに胸を撃たれ、(……もう一回、しても、支障はないかしら……)と頭を使い出した、馬鹿女の阿呆面に、水ではなく糞を放ってやりたくなる阿呆面に内心では毒づきながらも、きっちりと報告を済ませるジュド。

【成功、しました……ルナ様】

(あら、やっぱり、そうなのね……)

「どういうことだか、説明してくれなかったら、わたし……僕、もう死にたいよ」

 震えた声で女々しく抗議する未来の夫の前で、若干、申し訳なさそうな顔を、つくりながらも、頬を赤らめながら、未来の最愛の妻は極めて正しい回答をしてみせる。

「そりゃあ、あたしがダークメイジではなくて、ルナ・メイジだと覚えてほしかっただけよ! MY SWEET LOVER!」

 主に対しては冷めた目つきを崩さぬ忠臣も、今もなお少女の頃の面影の残る少年には、ひどく申し訳なさそうに、小声で平謝りを続けていた。そして二人が工場へ出発する前、密かに命じられた通り、けして衝動的にではなく確信犯的に生じられた色事が終わったあと、王が密かに披露した魔術劇の舞台裏を言葉だけで覗かせようとはしなかった、が、恋人たちの眼前で、人間の左腕と人間の右腕と人間の左足と人間の右足を一つずつ、砂浜に放り投げることはした。それらからは黒い鮮血が滴り落ちていて、ドロシーは悲鳴をあげたと同時に尻餅をつき、ルナは不敵に笑う。

「大事な物は、目だけでは見えない。耳だけでは聴き取れない。手だけでは触れられない。舌だけでは味わえない。鼻だけでは嗅ぎ取れない。五感だけでは、物足りない」

 遥か昔に読み終えた、そんな気のする、題名の思い浮かばないのか忘れてしまっているのか、とにかく何らかの小説の登場人物の台詞を口ずさんだあと、ぼんやりとした目つきで海を見渡す、赤髪の魔女。

 三人は村へ戻った。そのうちの一人は呟いた。「……我ながら、見事な……皆殺し」

 細々とした描写をする意味も無いと、大いなる筆を放り投げた創世神に溜息をつかせる惨劇が、ドロシー・ファルバイヤを戦慄させ、ルナ・カノンに余裕を持たせた。ジュドは魔女の王の慢心を戒めるための一言を放った。

「……この程度で、殲滅が完了した、などと……思っておりますか?」

「愚問……愚問よ……雑魚を一掃したくらいで驕るほど、ぬるくはない」

 種と仕掛けは簡単だ。要するに淫行中に、崩壊の呪文を、無言で発動したまで。以前まで生活していた次元においては、すべての人間は術を使用したい場合、たとえば「バベル」を使いたい時には必ず「バベル」と、名称を口にしなければならなかった(……おまけに小声で詠唱してもならない制約までもあった……)のだが、どういうわけだかルナ・カノンは物心ついた時から、けして言わなくとも唱えられるように、自然となっていたのだ。呪文名を声に出した方がMPを僅かに節約できると判明してからは、状況に応じて発声するかしないかを決めていた。

 今回は、早朝に使い魔から【おそらくベルドラード島の漁村にある全ての民家一件ずつに、一体の魔術師が潜伏しております】と、ジュドの愛用するメモ帳から切り取られた一枚の紙切れからの報告を受けたおかげで、うまくいった。彼に張り巡らせた結界には、ある条件を満たした者すべてを、「バベル」によって一撃必殺する効果があり、帝国の魔術軍服を着用した者が何かしらの術を発動すれば、問答無用で弾けて死ぬ。

 前述した通りの一応の対策こそしていたが、ここまで安易に片付くとは、お遊戯中に怪奇現象が何一つとして起こらなかったとは全くの想定外であった。しかし実力のうちの半分も出さずとも問題なかったのだから幸運ではある。相手が想像以上に手ぬるいのか、単純に戦力を温存しているだけなのか、思いもよらない理由によって簡単に始末できるように仕込んでおいたのかは知らないが、とにかく勝利は勝利として素直に喜んでおこう、なぜ勝てたかの分析は帰宅してからやればいい。

(勝ち続けるためにも、気は抜けない……)

 虚無が魔女を見つめている。お前は全てのものを分解できるのだろうかと期待している。いや、しかし、見事なものだと感動する虚空は、いつか、ぜひとも時空すら破壊してみせろと、無音で嘲笑っている。

 できるものならば! と。

 そして配給広場に漂う、清らかな血生臭さは、彼女の胸を、ときめかせていた。少年は、たくさんの涙を流した。恐るべき敵であるはずの帝国の魔術師であろうと、可憐にして脆弱な人間であったという真理を目の当たりにした二人は今、手を繋いでいる。

 ルナは最愛の彼から目を背けながら言った。

「……私は……あなたを守る……」

 ドロシーは前髪で両目を隠しながら泣いていて、何も返答できなかった。

 その様子が、一瞬、横目に入っただけで、聖なる母、レナ・カノンには似ても似つかぬ両の瞳に、憎悪にも似た殺意が浮かんだ。

対峙

 積み木を崩すように愛を粉々にしてみると、大河が出来た。目の前には、小舟が浮かんでいた。櫂を漕ぎ、ひたすらに前へ、前へ直進していくと、小さな孤島を発見した。

 陽射しへの憎悪を滾らせながらも、上陸し、砂浜の砂を掬ってみた。神の気配を感じたときに自覚せざるを得ない、心臓の闇が、つまり胸中の影が迫ってきた。さきほど粉砕した光が涙を流している。一人の少女が絶望している。笑えるくらいに、みっともない泣き顔をつくりながら、私を睨みつけていたため、つい、「どうしたの」と声をかけてしまった。

 彼女が「殺してやる」と連呼しだす。何を殺そうとしているのかは分からないが、自分自身が先程、美しいものを木端微塵にしたことを憎んでいるのは、その眼差しから察せられた。そして怒りが放たれ、石ころは世界となる。無数の死を呑み込めるようになる。 

 だが、これを神だとは、けして認められそうにない。ただの自殺の比喩でしかない。

ちょっとした決意

 今後、自分自身が不満に思ったことは、なるべくその場で言うようにしておこう。それを溜めに溜めまくると、爆発させるべきでない場面で爆発してしまうから、そういうのが攻撃性が強くて人を泣かせる言葉を生み出す元凶になる。そして、こういう言葉は価値観の押し付けとして捉えられやすくなる。いくら自分の方で価値観を押しつけているつもりはなくても、そう捉えられてしまったら駄目だ。

 昔から、どうにも私は相手を洗脳する気がなくとも、相手を思い通りにコントロールしようと誤解されやすく、今の今まで一度たりとも、そうは思ったことがないのだが、それでも相手に、そう捉えられてしまったら駄目なのだ。「私は君の価値観に嫌悪感こそ抱くし、それを時に徹底的に表明し、最悪、拒絶にも至るが、君の価値観を変える気には全くならず、否定(……君の価値観は、本当はそうではないのだろう、と打ち消しにかかること……)する気は全くない」のだが、それでもそう思われてしまったら負け。

 怒りを爆発させることと、価値観の押しつけ/否定の間には、一般的に大差無いものなのだと自覚して、それを言動に反映させようとしなければならない。

 とは言え、無意識的に独裁者気質が強いのは、認めるが。それが原因で今まで多くの人間関係が悪化したことにも違いない。これは遺伝的なものであるとはいえど、ある程度のところまで調整する必要性はある。 

 そこで不満に思ったことは、なるべくその場で相手を刺激させないように、素早く柔らかく伝えるスタイルを構築することを決意したというわけである。元より私は、普段は温厚だが、いったんメンタルブレイクしてヒートアップすると、何をしでかすか分かったもんじゃなくなる気質である以上、きちんと怒る訓練をしなければならない。それさえ上手くなれば、だいぶ違ってくるはず。

 先程までの話から少し脱線するのだが、私の美意識にそぐわないものに対して徹底的に糾弾する気質も、このスタイルによって軽減させることは可能だと見込んでいる。私から見て許せないものに対してズバズバと考えなしに抜刀しがちな気質に調整をかけなければならない。

 自分自身の目から見て倫理的に問題のある事柄と直面した場合、Twitterでの私は過激な手段に出ることも厭わない。数年前、私の元フォロワーの一人が凶悪な傷害事件を起こした際に、その被害者(……元フォロワーの、親友といっても過言ではない、Twitterで相互フォロワーだった人物……)が「レイプされていないのに、レイプされそうになったと証言する」等の罪を重たくしようとする嘘をついているという噂を、その加害者と被害者の共通フォロワーの数名から聞き出し(……その後、その被害者の噂を聞いた加害者は、自分はそこまでしていない、と否定した……)、本当にそれであるとしたら「名誉毀損」であると判断した私は、

 なんと「加害者と被害者のハンドルネームを公表したうえ」で、自分自身の事件についての見解、そして今まで耳にしてきた噂を総括して発表すると、約1000人ほどのフォロワーがいる公開アカウントのタイムラインで言い出した。無論、発表したら大いに問題があるというのは承知であったし、自らの見解を述べるか述べないかは、加害者・被害者の出方次第で決めるつもりでいたが、被害者および加害者と被害者の共通フォロワーから止めてくれと言われ、その当時仲の良かった共通フォロワーからも説得され、止めることになった。

 流石に過干渉にも程がある? 私の友達が傷害事件を起こす前から、ずっと自分は弱みを握られていて恒常的に奴から暴力を受け続けてきたと言い出した被害者に対して、私は怒ってしまったのですよ。その友達である加害者が「それは事実無根だ」と言うまでもなく、私は二人の関係性を昔からよく知っていた人間であったので、とてもじゃないが、そんな話を信じるわけにはいかなかった。いくら暴力を受けておかしくなっていようが、それでもタイムラインで悪評を垂れ流せる程度には頭がはたらくのであれば、お前には立派な責任能力がある。人に誠意なき裁きを下すような人間は醜悪だ。

 あの件を実行しようとしたことについては、今も大して反省していないし、むしろああしなければ被害者側も余計に酷くなる一方だったと信じざるを得ない裏事情もあった。元より私は人を悪人として認識させようとする行為全般が嫌いであり、罪には罰が下されて当然であると考えこそするが、過剰な懲罰を実践する人間に対して凄まじい嫌悪感を覚える。

 言うまでもないような話だが、ある人物がA氏にとって許し難い悪人であろうとも、B氏にとっては大事な大事な人間であることなど、往々にして有り得る。だが、これは理解できても、実際にそうだからという理由で人に優しくなれる人間は意外と少ないようだ。

 ただ、私も私で「過剰な懲罰」を今の今まで一度もしてきたことがないとは言えないのだが、自分自身の場合は「罪の捏造」はしないし、「懲罰をやり過ぎたと判断したら謝る」ことはする。だからと言って、それで自分自身が正義漢になったとは全く思わないのだが、やっていけないことまではしないようにしている。

 人間には誰しも「やりすぎ」を咎める権利がある。勿論、その咎め方には細心の注意を払わなければならないものだが、自分自身にとって譲れぬものを守るためには戦わなければならない。相手が武器を持って襲いかかってきたのなら、武器を手に取って反撃しなければ、自分自身の身体や宝物が守れなくなってしまう。

 しかし本来は、「戦わずして勝つ」のが最善なのだ。自分自身には「戦わずして勝つ」を積み重ねてきた経験が、おそらく一般的な人間と比較して不足している。だからこそ、不満の正確な言語化を、素早く行うようにすべき、という話に繋がってくる。自分は善人面を貫き通そうとするがあまり、不満を溜めすぎてしまうのだ。

 交渉力を磨かなければならない。そして自分自身が嫌だと思ったことを、その場でなるべく言うように努めなければならない。意外に思われるかもしれないのだが、これが私はたいへん苦手である。許しがたいことを許しがたいと、早め早めに言っておく必要がある。遠慮は時に毒となる。はっきりとした言葉遣いで、はっきりと自分自身の意志を、その場その場で伝えられるようにしておく。

 具体的には、こういうことである。昔の話であり、具体例としては分かりにくい話になってしまうのだが……知り合いとの通話の際に、「あなたの知っている、とある人物がDVを受けていることを鍵垢で漏らしていて、その加害者の名前も知っている」という内容の話を漏らされた際に、「今後はその人が鍵垢で喋っている内容をもう二度と話さないで欲しい。その人は今でこそ縁を切っているけど私にとっては本当に本当に大切な人なのであり、まるで自分自身の伝えたいことを伝えるための玩具のようにするのは止めて。いいの、連絡する気になったら今でもLINEで連絡できるようにしてあるんだよ?」と、通話の際にその場で言っておくべきだった、ということなのである。あのときの私は本当に不快になってしまったが、それでもその知り合いにも、まあ裏事情もあるのかもしれないから……という理由でぐっと堪えていたのだが……。この手の不満を蓄積していった結果として爆発したという体験が、自分には何度かある。

 今後からは、これを出来るようにしておく、という意識を普段から強く持っておかなければならない、と、数日前のとある出来事を内省して結論づけた。自分自身の美意識にそぐわないものに対して徹底的に糾弾しがちな気質までは、もう変えられそうにないが、それでも頭を使って調整はできるのだ。結局のところ、どんな場面であろうと自分自身が失敗するのは、考えが足りないからだ。

 いまの私のTwitterでの相互フォロワーたちは、私の創造にとって、もう欠かすことのできない人ばかりが揃っていて、彼等との縁を切らざるを得なくなる状況を作ってしまうのは回避しなければならない。本当のところフォロワーなんて、もう0人の方がいいのだと頭では思いつつも、それでも耐えなければならない。

あるフォロワーさん(K)との対話のメモ書き

 小説書きで、解離症を患っている、私のこよなく愛する現・相互フォロワー・Kとのリプライのやり取りのメモ書き。とても刺激的な対話を2点できたので、こちらのブログでも掲載いたします。また、そのフォロワーさんからブログで発表する許可も事前に頂いております。

 

 

 

 

 1(あやふやな善悪)

 

 私「一応、私も子どもを絶対に作らないと固く誓ってこそいるものの、今のところ別に反出生主義ではない。かつては、それに近い考え方をしていたが、反出生主義が仮に世の中に受け容れられ実践されたとすれば、私が死ぬまでのあいだ半端に生き難くなるだけにしかならないのだろう、という意味で賛同できん。やるんだったら反出生主義者も含めての、人類滅亡の日を迎えるように、ね。それだったら私は応援できるんだけど、穏便な方法で反出生主義を浸透させようとするのは、そもそもお門違いじゃねーのか? 道行く人々すべてを老若男女問わずに瞬殺し、自殺するまで警察に捕まらないぐらいの方法じゃなきゃ。この地球上に生きる人間の数が減っただけで、悪の比率が減るとは思い難い」

 K「世界全ての悪が淘汰されたとしたら、その時には善と悪との中間層の一部が「悪」に格上げされるのではないでしょうか。人間としての資質は変わらないけれど、彼らは「悪」とされ、それを淘汰しても、更に「悪」は生まれる様に思います。そして、善の比率も中間層の比率も変わりはしないのでしょうね」

 私「今まで悪と認知されていなかったそれが、悪として表に立つ。まるで無限ループに呑み込まれているようです……」

 K「あくまで想像の話ではありますが、「善」が淘汰されたとしても、善/中間層/悪の比率は変わらない様に思えます。酷く気持ちの悪い話ですが。一人で想像して軽く吐き気を覚えました(笑)」

 私「個人的に「悪」は淘汰できるものであると思うのですが(……悪心は無理だと思うのですが……)「善」が淘汰される日なんて来るのでしょうか。それこそ人類が永遠に滅び、二度と地球上に出現しないようにでもならない限りは、「善」は淘汰されえないとも思います。仮に「善」が無くなる日が来るとすれば、それは私たち一人一人が社会生活を営まずに済むようになれる生命を手に入れるということだと思っています。ここで私の言う「善」の定義は一般的な「道徳的な価値としての良さ。道徳的に正しい事、多くの人が是認するようなもの」であり、「道徳」の定義にしても一般的な「社会生活を営む上で、ひとりひとりが守るべき行為の規準」であり、つまり「善を淘汰するということは、私たち人類の身体そのものへの革命を起こす」ということだと私は考えております。私たち一人一人が、人と関係せずに生きられるようになれなければ、善が滅びることはあり得ないと見ています」

 K「……「善」と「道徳」の定義をそう置くのではあれば確かに、我々が人と人との間にある存在である限り「善」が無くなることは未来永劫あり得ないでしょうね。大体同じような意味で「善」という言葉を用いていましたが、その癖そこまでは考えておりませんでした……。時間は流動的で、時代とは連続性のあるものですが、ある程度離れた世代を比較すると、概念の断絶が見られるように思います。それでいて「悪」を根絶するとなれば「世代による概念の断裂」がより強固となり、「悪」の新たな概念が生まれ得るのではないか、という考えの派生として「善」の淘汰を挙げたのですが、確かに、そうですね。幾ら概念(?)が変わろうとも人間が人間である限り「善」は淘汰し得ないですね……」

 私「……「悪」と言っても、私が想定している「最悪」は「暴力」であり、そして私個人が主題として設定している「最悪」は「性暴力」で、いかなる時代であろうとも起こり得るはずの、それらの概念の実質に違いはないから悲しいものだと本気で思っております。私たち人類の悲哀の一つと言ってもいい気がします」

 K「……。「最悪」も、ある地点では「善」でコーティングされている事も多々あると思います。「暴力」も「性暴力」も善とされてきた時代もある訳です。若しくは、今は「悪」とされていても、過去の善に「悪」のメッキをしているだけかもしれない(話がズレていますね。すみません)」

 私「うふふ。たしかに認知の上での善悪は曖昧ですね。人なんて「教育」によって巧みに洗脳できれば、イチコロ」

 K「自身が他人の認知によって構成されているという現実(?)を回避するべく絶対的な善悪を求めてしまいがちなのですが、それすら他人の認知によって作られていそうで恐怖ですわね、と思いました。うふふ」

 私「また「実行者が暴力に至るまでの過程」については時代によって僅かに変わってくるだろうし、また「暴力が誕生するまでの背景(根本的な原因)」も時代によって変わってくるとも思っておりますが、それらは時代だけを指標にして見るべきでない、ケースバイケースにしてデリケート極まる問題だとも思います」

  K「それは確かにそうですね。そうとしか言えない。似通った案件が多かろうとそれは本質に関係ない。仰る通り、ケースバイケース、ですね」

  

 

 

 2(正常と異常)

 

 私「この現代日本において「普通じゃない人間」と恋愛しようとすると、だいたいメンヘラと愛し合うしかなくなると見ている。別にメンヘラが「普通じゃない人間としての証」であるとは思っていないのだが、良くも悪くも「奇抜」になりがちなのも確かで、多くの者は「奇抜」を「奇抜」としてしか見られない。「普通」と「普通じゃない」を見分ける際に、「わかりやすいところ」を見て「普通」か「普通じゃない」かを判断するのは悪手。誰もが異常だと見なすような事なんて、ほとんどは一皮剥けば「しょーもないもの」でしかないんだよ。たとえば俺が「かつて学校の制服を切り裂く自傷に耽っていたことがある」と言った際に、そこであなたは私のことを「普通じゃない」と見なすべきではない、ということ。当時の精神状態が正常でなかったのは認めるが、これも一皮剥けば「しょーもないもの」の集まった結果、でしかないわけよ。自分自身が必死こいて封印していた黒歴史で、Twitterでの出来事によって本気で病んでしまうまで(というか、メンヘラの魂に憑依されるまで)は忘れ去っていたことになるのだが、これを時折タイムラインで言及するようにしたら、なんか妙に異常だ異常と引かれ気味な反応を多く貰うから自分でも不思議」

  K「行動は行動でしかないのに」

 私「さすが。よく、わかっていらっしゃる」

 K「表面に出て来ない「行動」と、実際に現れた行動とは、薄皮一枚で繋がっているだけのものであって、皆はその薄皮を重要視し過ぎているように思う。内に潜んだ「行動」の悍ましさより、日常という名の積み木を崩す行動を異常とする社会」

 私「ふむ。昨日、あなたの話した「善悪の曖昧さ」にも繋がってくる話、と捉えても問題ないでしょうか?」

 K「どうなのでしょう?私としては繋げて考えてはいませんでしたが。ただ世の風潮(?)として、「行動」があまりに素直に受け取られ過ぎているのではないかと思った次第です」

 私「ああ、それは本当に仰る通り。世には、正常と異常の見極めの、早すぎる人間があまりに多すぎる。一般的な思考からいけば善は正常なもので(わかりやすく無害で、取り立てて騒ぎ立てるほどのものではなくて)、悪は異常なもの(わかりやすく有害で、騒ぎ立てるべきレベルのもの)になるのでしょうが」

人を生き甲斐にすることについての私見

 他人を生き甲斐にしてはいけない、という文章を読んで、そうかな? と思ったのだが、「ああ、他人を生き甲斐にすると、それがその人にとって、その他人に依存するということに繋がってしまうから」なのかもしれない、と思った。

 私としては、そういう生き方も全然ありだと思えるし、何も生き甲斐が無いよりは遥かにマシだと考えているのだが、とりあえず「他人を生き甲斐にするということ」と「他人に依存するということ」では似て非なるものである。私にとって前者は、特定の他者を支えること・助けること・力になること、という意味であり……私にとって後者は、特定の他者の足を引っ張る重荷となるという意味である。

 人が人に真に依存すると、その依存対象となる人間が死ぬと、本当に何も出来なくなってしまうものだと私は思っている。自殺した恋人の後を追う自殺なんかは、真に他者へ依存していた証としての行為であると見ている――自分自身の過去を、最初の恋愛相手に先立たれた頃を振り返ってみると、嫌というほど分かる。

 お互いがお互いを生き甲斐にして、共に生を歩む。これは私にとって「共存」であり、けして共依存ではない。そこに明確な違いを見出せない者もいると思われるが、お互いにお互いが居なくては生きていけなくなるのが「共依存」だと考えていると説明すれば、通りも良くなるだろうか。「共存」も「共依存」も、別段、それだけでは何も問題ないものだとは思うが、後者の方が不安定であることに違いはない。

 また、「共依存的共存」ならば発生し得る。そして「共依存」が「共存」に変化することも大いに考えられる。

 今の今まで生き甲斐にしていた、パートナーである彼・彼女が死んでも問題なく生きられるようになるのであれば、その彼・彼女に対しては依存しておらず……その逆に、その彼・彼女がいなくては自分自身が存在できない状態にあっても、その「彼・彼女のため」に生きていたいと心の底から思えなくなっているのであれば、彼・彼女は、パートナーである彼・彼女のことを生き甲斐にしていない。

「生き甲斐」は力・生への意志の証。「依存」は無力の証。

 そして人が他者に生き甲斐を見出していようが、人が他者に依存していようが、それでも幸福になれる人間なんて普通に有り得る。どちらも、運に恵まれていたと言うべきであるのか、あるいは幸福を掴んだ彼等に人を見る目があるべきというべきであるのか、もしくは様々なレベルにおいての交渉能力に秀でていたというべきであるのか。

 特定の他者を生き甲斐にすると、その他者が死んでしまえば自分自身の生き甲斐が消滅してしまうことになるから、人を生き甲斐にするということ人に依存することの意味は同じ、という風に捉える者もいるかもしれない……だが、実は消えると決まったわけではない。彼が死ぬことによって、その生き甲斐までもが消えるというわけには、ならない。抽象的な例だが、たとえば彼が死んだあと、彼の代わりに自分自身が彼の夢を果たそうとする、という生き甲斐ができることもある。彼の宝物を彼の代わりに大事に大事に護っておくという生き甲斐ができることもある。彼は死んでもなお、遺された者の力として、人の中で生き続けることはある。

 これは僅かに前段落の論旨から脱線した話になるのだが、私の最初の恋愛相手が見せてくれた「灰皿の上で一万円札を滅多切りにする」という、この一見すれば単なる愚行は、いまも私の力となっている。永遠の力として、死ぬまで私の中で遺り続けるだろう。かつて私は最初の恋愛相手に対して、ずっぷりと依存していたが、同じように彼女からは、かけがえのない生き甲斐も貰えていたのだ――あの行為は、今後の私の文章のテーマの一つとして、今も生きている。

 他者を生き甲斐にしてはいけない、という文章を私に見せた人間は、元から「他者を生き甲斐」にしたことが無いのではないかとも思わなくもない(他者に依存してはいけない、というのであれば自然なのだが、生き甲斐だと違和感を覚えてしまう)。あるいは「他者」が「生き甲斐」になっていたのではなく、「他者」に「依存」したくてもし切れない状態を幾度も味わってきたから、そういう考え方が生まれてきたのではないかとも思った。そこまで過去のことについて深く話を掘り下げてみた人間の言葉ではないから、私の見当違いであるのかもしれないが。

 ただ私としても、「他者を生き甲斐」にするのは、実際かなり難しいものだというのは強く同意できる。してはいけない、とまでは思えないが、「他者を生き甲斐にするのは至難の業」であると心の底から思う。だから人を見る目に自信がないのであれば、「他者を生き甲斐にしてはいけない」という風に考えるのも、けして間違った姿勢ではなく、むしろ大いに推奨できるくらいである。

 ただ、どうしても、この人の力になりたい、と思える人がいるのであれば……できたのであれば……そういう生き方を選ぼうとするのも、そう悪い道でもないとは言っておく。それ以前に、おおよその人間なんて、そうそう簡単に生き甲斐なんてできるものでもないのだし、ね。もっとも他者以外から生き甲斐を、きちんと見出せる人間(人を生きがいにしてはいけない、と言った人)の発言であるから、そこまで心配こそしていないのだが……世の中には生き甲斐として見られるに相応しい、この世の宝である人間(勿論ここに、この文章を書いている私は含まれていない)というのも、いくらか知っている自分自身としては、若干の違和感を覚えさせるものではある。「人を生きがいにしてはいけない」という考えが。

文章を書くにあたって注意していること

 文章を書く、と言っても、時と場合によって書き方も変わってくるから、一概にこうとは言えないのですが、概ね誰にでも(自分自身にすらも)分かるように書くことが第一ですね。

 普段のツイートについては、古典小説の地の文や論文のような固い文章を綴るというより、口で何かを喋る感覚でツイートするように気を配っております。そして何ら気合を入れず、本当にリラックスした状態で書くようにしていますね。読者が日本語として読めさえすれば、それでOKというノリで書いていますわあ。力を入れていないときは、とにかく素早くツイートすることを心がけておりますわ。

Twitter、簡単な誤字脱字の修正や、文章の一部修正が、ツイートした後でも可能な仕様になればいいんですけどね……リプライ欄で文章を訂正するの恥ずかしいし面倒臭い……)

 あ、でもエッセイを書くにあたっても、そんなに変わりないかな……? エッセイの場合だと、普段のツイートよりは、文章の趣旨を明確にするようにしている、ぐらいでしょうか? ツイートするときと、エッセイを書くときの違いを挙げるとしたら、これしかありませんな。

 小説の場合は、誰にでも分かるように書くということ、および、音読のしやすさ+音読の心地よさ、同じ単語を1ページ以内(400文字の原稿)で使わないようにすること、無駄な文章を限界まで省くようにすること、作中において書くべきでないことの見極めをすること、「物」を書くようにすることになりますね。「物」を書くようにすること、というのは、たとえば血痕を血痕としてストレートに書き記すだけで、けして「物」を書いたとは認めようとしない態度のことですね。あとは音楽を作るように文体を構築しようとすることになりますかな。今のところ挙げるとしたら、こんなもんですね。

 詩の場合は……そうですね。自分自身の精神を、現実の檻から解き放ってやるように綴るための、構えをつくること、そして、どうしても書かなければならないと思える、その瞬間を逃さないこと、この2つにつきますね。詩は、神との接触。自分自身を刺し殺し、自分自身を別の世界へと誘うような、永遠の瞬間を得ること。詩に関しては自分でも何を言っているのか、自分自身でも分かりかねるのですが、こういうことであると言わざるを得ないんですよね。専門学校時代に世話になった、詩人の講師の言を借りるならば、「詩なんて1年に1回書けるか書けないかすら怪しい」

 最後に、ツイート・エッセイ・小説・詩でもない、日常生活における文章の書き方について注意を払っていることを挙げるとしたら……相手のことを考えて書くこと、ぐらいですかね? 相手の立場や、相手の言語力など、さまざまな要素を考慮して、相手に自分自身の意を明確に伝えようとすること、ぐらいですね(しかし、どうにも私は、これが実に苦手です)。

忘却について

 忘れて欲しくない、という気持ちが俺にはピンとこない。けして分からないわけではないのだが、そういうものにイマイチ共感できそうにない。正直、今までの自分の知り合いすべてが自分自身のことを忘れようとも、そうなれば大いに不便になるとは思うのだが、仮に不便でさえなければ、それで構わないと言い切ってもいい。忘れられると色々と不都合が生じるから、忘れて欲しくないとは思う、ということ。

 別に、自分自身の大事な人から自身に関する一切の記憶を喪失されることが嫌でないわけでもない。それなりの虚しさは覚えるし、おそらくは、それが発覚した日の就寝前には、ひっそりと涙を流すのだろう。だが、だからと言って忘れて欲しくない、という気持ちにまでは至れそうにないのだ――私の言っていることが分かるであろうか?

 かつて自分が恋愛感情を抱いてきた相手たちのことを思い出そうとしてみると、もう今では顔はおろか、彼女たちが私に対して言ってきたことや行ってきたことの多くを思い出せないでいる。思い出す気になれば思い出せるのだが、わざわざ、それを振り返るために私の時間をかけるつもりは全くない。もう、お前たちなど私にとって何ら無用な存在なのだ。けして私にとって何ら無意味な思い出ではないのは勿論だが、それは、あなた方との思い出に限った話などではなく、私はあなた達だけと生きてきたわけではないのだ。だから忘れるのであれば、とっとと忘れればいい。何か有効に利用できる思い出があるのであれば、しっかりと忘れないでおくべきだし、無用な思い出であれば、とっとと切り捨てればいい。今の今まで私は、ずっと、そうしてきたのだ。

 ただ二人、忘れていない存在は今もいるが、それは私が敢えて忘れてはならないと固く心に誓っているからこそ(……これは恋愛感情が未だに残っているとか残っていないとか、未練があるとかないとか、そういう低次元なレベルの話ではないのである。我が生涯の主題を提供した存在だからこそ、なのである……)記憶しているだけなのであり、正直その二人の言っていることや行ってきたことは私にとって未だに鮮烈でこそあるのだが、すでに顔は忘れている。どんな顔をしていたのかを今では、よく思い出せなくなっている。二人とも、忘れる気になって忘れられるようなものでもないのだが、不思議と放っておけば、すぐに忘れ去るようになるだけなのだ。あなた方は私にとって重大な存在であることに違いはないが、それでも私は、あなた方よりも私の生を優先させなければならない。

 ところで自分自身の過去を忘れられるということは、ある種の人間にとっては救済と成りうる。忘却が救済となる、深淵のメタファーというのも、この世には居る(たとえば解離症を患う少女たちは、かつて味わってきた数々の性暴力の被害を、完全に忘却さえできれば……)。

 過去は人間の力にもなりうるが、呪縛にもなりうる。

 このエッセイを書かせる切っ掛けとなった人間からしてみれば、今まで私が綴ってきた内容は「私の言っていることを本当に分かっているのですか?」と思わせるようなものでしかないだろう。だが、あなたであれば私が、あなたの気持ちを理解するために色々と書いているわけでもなければ、あなたのために細々と文章を書いているわけでないというのは容易に分かるはずだ。私はあなたの過去や心理を掘り下げるために、このエッセイを書いているのではなく、忘れるということ、それ自体に思うことを書き連ねているのだ。

 先述したとおり、私には人に自分自身のことを忘れて欲しくないという気持ちは、けして分からなくもない。しかし私に限っては、たとえば私は私の過去の恋愛相手たちに、いちいち私のことを思い出して欲しくない。できることならば、もう二度と私のことは思い出さないで欲しい。もし今も私のことを仮に忘れられておらず前に進めていないのであれば、早く私のことなんて、とっとと切り捨てて早く幸せになって欲しい。いつまでもグズグズとぬるま湯に浸かっておらず、新しい道を切り開いて欲しい、先述した解離症の少女たちと違って君らはごく普通に生きていけるはずなのだから、早く新しい恋愛なり恋愛以外の楽しい何かなりを見つけてほしい、たかが失恋ごときのために自分の中の世界を閉じ込めようとしないでほしい、という風に本気で思う。私のことを完全に忘却できることによって、それで全く問題ないのであれば、それでいい。かつて好きだった人が不幸の渦に溺れているようなところは、もう二度と見たくはない。そして、これは恋愛相手に限らず、私の友人や母親などに対しても同様のことは言える。

 この世には幸せになりたくても幸せになれない人間なんて、いるんだよ。忘れたくても忘れられない過去のせいで。人間の姿形を借りた蛇どもに犯され、世界の複合的な悪意に侵されたせいで、幽霊のようにしか生きられない人間だって、いるんだよ。俺が今まで受けてきた傷は、どうにか自分自身の意志と坂口安吾の力によって治せるような軽いものだったんだよ。でも、どうあがいても救われない人間も、どうしても再生できない人間というのも、いたんだよ――これが、今の俺の死にたさに根ざすもの。

 こんな私にも忘れたくない、という気持ちならば、それなりにある。でも放っておけば、すぐに忘れてしまう。自己陶酔などの精神的な工夫をしなければ。この見方からいけば「忘れられたくない気持ち」にも、いくらかの共感ができるようになる。だが、それでも「忘れたくない気持ち」と、「忘れられたくない気持ち」とでは、やはり内容は異なるのだ。たとえ、どれだけ深いところで繋がっていようとも。

 虚しいね。やっぱり何もかもが虚しくて仕方ないね。嗚呼、やっぱり、この手足の生えていて、食べて寝なければ生きていくことが困難になる、この身体が憎くて仕方ないね。そして性行為の際に快楽を得られる人体が穢らわしくて仕方ないね。我々の抱く、多くの希死念慮は結局のところ、この宿命に敗北した証に他ならないのかもしれない。

 生活の前では、我々は子羊でしかない。

 だいたいの他人が死んだところで、個人の生活には、さほどの影響がない。

 おおよそ私は替りのきく存在である。

 おおよその人間は道端に虫の死骸が落ちていたところで何の感想も持たない。

 かつて私が自動車を運転していた際に、道の真ん中で横たわる猫の死骸を目撃したことがあるのだけど、それが、どのような死骸であったのかを全く思い出せそうにない。あれを目にしたときは、ゲロを車内に大量にぶちまけたくなるくらいに気持ち悪くなったにも関わらず、私は猫の死骸の詳細を未だに記述できそうにない。