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TH.Another Room

学生時代に書いた文芸作品をアップしています。

仮面

 ちなみに、この短編小説は「面白い!と、つまんねえ!」の賛否両論がメチャクチャ激しかった覚えがあります。というか、本作は長編小説の出だしをチョット改稿しただけの作品なので、どうも尻切れトンボ感が強すぎる。

 

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 その日の夜に、幼馴染のリサを殺した理由は自分でもよく分からない。無理に動機を付けるとすれば、リサが僕にキスをしようとしたから? 黒の長髪と西洋人形のような顔立ちが特徴的なリサは、隣人達から美少女と讃えられていた。けど僕の眼には、塵と差の無い命を持った、ただの女にしか映らなかった。
 僕にはリサがどうでもいい存在だったけど、リサは「僕の身体を想像するだけで眠れなくなる、僕のことが大好きだ」と、死の三十分前に言っていた。よくドラマや映画では、恋愛感情をキスや告白シーンで表現するけれど、僕に言わせればキスや告白だけで、本当に告白対象が好きだという証明にはならない。僕が唯一好きだったのはリサの白い腕だけで、性的魅力や高次の精神性等には惹かれもしなかった。どれだけリサの肉付きや性格がよくても、すべては幻に過ぎないのだ。
 リサの生前の顔には自惚れがあった。黒くて大きな瞳に、細くて高い鼻をしたリサは非常に男受けがよく、男の誰もがリサを女神のように扱い、リサの唇と舌と膣を欲しがった。僕がリサを殺した理由は、神に対する反逆の意味があったかもしれない。僕はなんとなくリサの自信に満ち溢れた表情が嫌いだった。本当にリサは僕を好きだったのか、僕は何故リサを殺したのか、真実は誰も分らない。けど分かることは、さっきまでのリサの唇には、何を求めているのか分らずに人を殺す人間の不気味さが口紅のように塗られていた。僕にはリサが何者なのかよく分らない。僕の部屋に倒れているリサの死体は絞殺されているにも関わらず、何故か笑顔である。
 リサがとても気持ちよさそうだったので、とりあえずベッドに寝かせて、枕の上にリサの頭を乗せてみる。そうすれば僕もリサの全体が綺麗に見えると思ったのだ。けれどリサを美しく感じたのは、いつものように白い腕だけ。黒を基調とした服装のリサだからこそ、白もよく映えている。でも少し物足りなかった。折角死体を生んだのに、思ったよりも昂揚感が無い。どうせ自分の部屋の中で殺すのだから、僕の両親の時みたいに、刺殺の方がよかったかもしれない。やはり楽な殺し方などないのだろう。刺殺だと返り血を消すのが面倒なのだ。思ったよりも絞殺は疲れる。
 確かリサも僕と同じように、自分の両親を殺したはずだ。僕が彼等を殺した瞬間を見ていたリサは、僕にリサの両親の死体処理を手伝わせたのだ。その事実を思い出した時、ある予感がした。僕はリサが愛用する茶色のバッグの中を調べてみると、やはりそうだった。僕とリサは少しだけ似ているのだ。バッグの中には、包丁と一冊の大学ノートが入っていた。包丁の刃全体には白いタオルが巻かれており、それを取れば、人血が点々と付着した刃が現れる。包丁自体もリサの念が込められており、刺し慣れた雰囲気を醸し出していた。多分リサは僕に告白するというより、殺しに来たのだろう。僕を好きだといったのも嘘で、ただ血か骨を見たかっただけなのだ。殺されたはずのリサが笑顔なのは、死後の世界で殺戮を楽しんでいるからだろうか。
 時計の短針と長針が12を指した。リサを殺してから、どれ位経ったのか分からない。正直、今日の殺しは今までの中で一番疲れた。体も瞼も眠りたがっているし、今日は土曜日なので、死体の処理は明日にしようと思った僕は、リサをベッドの上から蹴っ飛ばす。リサは床に転げ落ちる。そして消灯してから、布団の中に潜り込もうとした。けれど妙に引っ掛かる点がある。リサは客観的に見て残虐極まりない扱いを受けているのに、リサが微笑みながら死んでいることだ。一体何がリサを安楽の世界へ誘うのだろうか。僕はつくづくおかしな女だと思った。
 妙な点は、もう一つある。リサが持ってきた大学ノートのことだ。僕を殺そうとした日に何故、そんなものを? 僕の死に様でも書こうとしていたのだろうか。兎も角、ノートの中身を確認してみる。
 予想は外れていた。
「秋一君の死体は、きっと私よりずっと綺麗でしょう。秋一君の瞳は凛々しくて可愛いから。秋一君の肌を私の舌と血で汚してみたい。秋一君の言葉と優しさを私の中に閉じ込めてみたい。だって私を許してくれるのは、秋一君だけだから。だから私は秋一君を殺したのよ。秋一君と一緒なら、どんな世界でも怖くないの」
 どうやら無理心中を図ろうとしていたようだ。本当に僕が好きで書かれた文章であるかは怪しい気もするが。
 でも僕はリサの文に触発されて、彼女の四肢を切り落としたくなった。明日になったらリサは黒衣を纏った達磨となる。きっと鮮血が部屋中に染まりゆくだろう。リサも喜ぶはずだ、今だって清らかに微笑んでいるではないか。
 僕は急に林檎を食べたくなった。林檎の皮をがぶりついてみたくなった。明日は林檎と血の赤を見比べてみようと思った。