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TH.Another Room

学生時代に書いた文芸作品をアップしています。

芸術家肌の仲良し兄妹

短編小説 ???電波 読書中級者向け

  今日、妹の空子(そらこ)が、僕の部屋の前で壊れたジョークを吐いた。
「兄さん、この辺りに機関銃を売ってるような店を御存知?」
 その台詞を口にした空子が、薄気味の悪くなるほどさわやかな笑顔をしていたために、焼け付くような混乱と軽度の頭痛が同時に襲い掛かってきた。コイツが、こんなことを言うはずないのだ。虫や野草すら潰すのに躊躇うような18歳の美少女が破壊衝動に目覚めるなんて余程のことがない限り、ありえない。兄としてやるべきことは一つ。空子の精神の調和を整えてやることだ。
「とりあえず落ち着こう、一緒にお部屋で紅茶でも飲もう。そこで少し待ってて」
 さっきまで僕は自分の部屋の中で先週録画した特撮番組「吠えろライダー・レックウの章」を途中まで見ていた。だが妹が、あまりにドアをけたたましく叩くせいで邪魔をされてしまった。前回の話は面白そうだったのに……悪の組織「バスターアングラー」が生み出した謎の生命体「スターシャークヘッドマン」の雄姿を、主人公のレックウに倒されるまでの途轍もない輝きを、最後まで見届けたかったのだが、仕方ない。空子の世界の流れが、悪い方向へ進みそうならば軌道修正してやるほかない。
「何か人間関係で嫌な事でもあったかい」
 僕はデスクトップ型パソコンの前にある回転椅子の上で紅茶を啜りながら、ジャージ姿であぐらをかく空子に尋ねてみたが、何も答えてくれない。彼女の大きくて円い目は窓の外に映る隣家に向けられていた。
「つーか学校生活のほうは大丈夫なの?」
 空子は現在、小説家のための専門学校に通っているのだが、そこは僕自身の母校なのだ。妹が入学してから三ヶ月ぐらい経つが、とにかく心配で仕方なかった。先生も生徒も極めて変質者が勢揃いだからに決まっている。例えば、虚言癖のある美少女や、ロリペドのガチ犯罪者、四肢の欠けた超能力使いの少年……等が教えてくれたり、教えられたりするシーンを想像してほしい。とにかく、ノーマルな性癖の常識人が行けるような環境ではないのだ。
「意外と凡人ばっかりだよ?」
 空子は、あっけらかんと答える。
「けっこうバカばっかよ。最低限の国語力とか教養とか全然ないの。悲しくなるぐらい。太宰治とか坂口安吾すら読みにくいって言うんだから救いようがないわ」
 僕は心の中で呟いた。空子さん、そんなのしょうがないじゃん。ていうかさ、どうでもいいじゃないか。
「で、兄さんは順調なの? 執筆の方は?」
 嫌な質問を返されてしまった。実は本文の方は未だに真っ白だ。締め切りは、あと三日。まあ原稿用紙百枚分ぐらい、それぐらいあれば充分だろうと自己暗示をかけておく。空子は、くすくすと意地悪く笑っていた。きっと僕の顔が固くなっているからだろう。その流れを変えるために、適当な質問を一つぶつけてみた。「友達とか恋人とか友達とかできた?」
 空子は笑顔のまま言い切った。
「友情は信じてない、そもそも恋愛したくない、第一人間が嫌いだから無理」
 僕は開いた口がふさがらない。そうか、こいつ高校卒業しても、この考えのままなんだ……。空子は絆という言葉を辞書で調べても覚えることができない。人間不信の塊だからに決まっている。信頼できるのは自分の家族と可愛らしい動物とヘンテコな植物だけ。
「そうか。で、今日は、どうして乱射したくなった。殺しのライセンスでも取得するつもりか?」
 紅茶を飲み終えた僕は、壁際のベッドに、ごろーん。ついでに妹が背中から抱き締めてきた。
「わたし、兄さんみたいな人が好きなの」
 また、それか。人生の中で大体十四回くらい聞かされてきた台詞だ。だから事情が飲み込めた。
「また告白されたんだな」
「そう、ブサイクから」
 ちなみに、こいつの言う不細工とは水嶋ヒロ速水もこみちすらも、その範囲内なので、あまりあてにならない。
「ところで兄さんは近親相姦って萌える?」
「いや、まったく。で、早く本当に言いたいことを」
「いつもの告白をしにきただけなんだけど」
「僕は、お前をモノにする前に、二人のお邪魔虫を処理しておきたいんだ。本気中の本気で尋ねているんだ」
 もちろん嘘だけど。 
 そう言った後、しばらくの間、沈黙が続いた。その間、僕は無表情だった。やがて可愛い妹は喋りだした。
「同級生の森田大樹って奴が、うざいの」
 ……ん? その名前は、もしや? 
「そいつは茶髪で眼鏡をかけていて、死んだ魚のような目をしていて、タラコ唇かい?」 
 空子は、うん、と呻くように呟いた。成程、了承した。そいつは僕のバイト先の仕事仲間じゃないか。
「どんな風に、うざいんだい? てか、どれくらい嫌い?」
「現実が嫌になるくらい、嫌い。野糞の方がマシ」
 空子は怒涛の勢いで、喋りまくる。べらべらべらべらべらべらと負の怨念を吐き出した。
「映画とか遊園地とか買い物とか食事とか、しつこく誘ってくるの、一ヶ月前から。私は一人で行きたいって言ってるのに、全然お構いなしなの、無神経で図々しいの。私の前では優しく見せてるけど、他の人には冷たいの。消えろとか死ねとかは思わないけど、どうしても夜空に向かって発砲したいの。それとあいつに関して本当に腹立つのは、あんな文章を読む力のない奴に作家になる資格なんてないってことを言いたいの。だって、あいつの見方は、見てないんだもん、ただ眺めてるだけなんだもん。わたしのうすっぺらな笑顔と、わたしの見かけがちょっとだけ綺麗なだけで鼻の下を伸ばしてヘラヘラしてるような奴の小説なんて、読まなくてもゴミしか書けそうもないって兄さんにも分かるでしょ? そして何より、わたしが一番むかつくのは、折角勉強のできる機会が手に入ったのに、そのチャンスを自分から逃して学校にもほとんどこないで、たまに来たと思えば、わたしとべらべら話すことしか能がないの。どうせ単に恋愛ごっこに酔いしれたいだけでしょ? いろんな先生の話をろくに聞こうともしないで、ただ他人の評価だけで、その人のことを勝手に決め付けて、どうせつまんない授業だって勝手に決め付けて、不登校になるなんて信じらんない。あいつに理解できる脳がないだけでしょ? 大体、学校で勉強したくてもできない人もいれば、学校に行きたくても、あたしのように人が大嫌いで大嫌いで仕方ないタイプの子は、学校に行って、楽しい思い出を作ることができないのよ? そしてね、わたし本当に不満に思ってるのは森田だけじゃないの。この考えを、わたしの同級生は、みんな理解してくれないから。小説家はその人にとっての地獄を彷徨ったことのある人にしかなれない職業なのよ? 兄さんだってそう思ってるでしょ?」
 ……う、うむ。可哀想なくらい、ズタボロに言われたな森田さん。そして同級生一同。しかし空子が、ここまで捻くれ者で憎悪に満ちた魂の持ち主だと、みんなは知っているのだろうか……。
 まあ、彼が知り合いだということなら話は早い。明日、バイト先で会ったら、それとなく空子の意志を、伝えてみようか。空子の肉声が入ったボイスレコーダーを、休憩時間中に、こっそり流してみようかな。冗談だけど。
 ……いや、そんなことより、嬉しかった。
 小説のネタができたからだ! 明日、このネタを中心に創作に取り掛かろう! アー、作家になれてよかった!