TH.Another Room

学生時代に書いた文芸作品をアップしています。

四匹の手

 とある小さな島に四匹の「手」がいました。彼等は仲良し義兄弟です。長男のアカは赤く、次男のアオは青く、三男のキは黄色で、四男のミドリは緑色。みんな生きていることが楽しくて仕方ありません。
 彼等は、かつて人間たちの下で酷使されていた「手」でした。ある日、ちょっとしたわけがあって主である人間たちの体から切り離れたために、この島で暮らしているのです。
 ここで彼等は、毎日くっちゃべっています。今日もまた、いつものように下らない話に花を咲かせます。
「真っ青なカラスを愛しているかい?」アカがアオに尋ねます。「いや、それよりも真っ赤な肝臓のほうが好みだね」
「人間の肌の色は黄色なのかしら?」アオがキに尋ねます。
「そんなことは考えても無駄さ。大切なのは青空のナイフで世界を切り裂くことだけさ」
「心を構成する色の要素に緑はあるかい?」キがミドリに尋ねます。
「別にどうでもいい事を聞くね。重要なのは、その中を汚れなき稲妻で強くすることじゃあないか」
 アカは爆笑した。「はは、こんな会話に意味は無いね!」
 アオは微笑んだ。「人間たちのコミュニケーションよりは、遥かにましだと思うが」
 キは眠そうに言った。「たまに、林檎の赤に触れてみたいな」
 ミドリは幸せそうに笑った。「すべての見えない虹のために、ぼくらは祈ってみたい」

 いつも彼等は、こんな感じで、意味もワケも分からない話をしながら、一日を過ごすのでした。
  
 ある日、ちょっぴり重大かもしれない話題になりました。
「みんなはどうして、ここにきたんだい?」アカが他の三匹に尋ねます。
 アオは答えます。「手袋をつけられるのが嫌だから逃げてきたのさ」
 キは答えます。「元の主が追いかけっこしているうちに、気づいたら外れてたから、ここに来た」
 ミドリは答えます。「人間が嫌いになってしまってね。そもそも僕はここに来る定めだったんだよ」
 三匹はアカにも、その理由を尋ねます。
「俺は、あいつらの白黒の瞳に隠した赤が気に食わなくてな。」
 三匹は、この島で出会ってから一度も持たなかった「疑問」が生じました。
「彼等の奥に眠っているものを、僕達にも分かるように説明してくれないか?」
 アカは答えます。「本当は、うずうずしているはずなんだ。何もかも壊してやりたいはずなんだ。そう、俺はあいつらの仮面を剥がしてやりたくなって、一度、ある方法によって、人殺しに手を染めたことがある。つまり、簡単に言えば、手錠から逃げてきたってコトさ」
 三匹には、アカの言っていることが分かりませんでした。

 ある日、空から大量の林檎が、小さな島に降り注ぎました。
 手達にもボコボコ当たって、彼等は痛がりましたが、幸せでした。
 林檎の赤い皮を、長い爪でむくことが出来るからです。
 アカは歌いながら喜びました。「まるでサイコパスのような赤だ」
 アオは回りながら喜びました。「クラシックレコードを聴きながら、皮むきをしたいものだ」
 キは寝転がりながら喜びました。「痛いけど、きもちいい」
 ミドリは寝転がりながら悲しみました。「凍土と焦土が、もうすぐ同時にやってくる」

 その次の日、小さな島に、空からミサイル君がドドドドドとやってきました。
 ミサイル君は言いました。「全部、将軍のせいなんだ、許しておくれ」
 
 四匹の手は、最期に――
 アカは「一度でいいから空飛ぶ車輪を見たかったなあ」と思いました。
 アオは「屍の山をはじめてみた時の衝撃と比べれば……」と思いました。
 キは「もう一度、林檎をむきたかった」と思いました。
 ミドリは「私達が出会ったことは、けして無意味じゃない」と思いました。