TH.Another Room

学生時代に書いた文芸作品をアップしています。

キリエ

 とあるアパートの一室で、僕の大切な女の子であるキリエは満面の笑みで言いました。
「ユキジくん、わたし、カボチャ食べたくなった! 穴つきのカボチャがいいの! 一緒にスーパーマーケットにいこーよ!」
「こないだ、食べなかった?……いや、でも、そうか……なるほど……」
 今日は十月三十一日、ハロウィーン
「ハロウィンはね、カボチャがユキジ君とおんなじくらい可愛く見える日なのだ。ホントは毎日こーならいいの」
 世界中のどんな宝石よりもキラキラと眼を輝かせるキリエを見ているだけで、僕は幸せです。でも、僕の耳を肉食獣のようにガブガブしているのが、難しいところです。今日から僕は片耳なしホーイチになりそうです。でも痛くても幸せです。だってキリエ曰く「ユキジ君を隅から隅まで味わうのが、わたしのレゾンデートル」らしいですから。
 キリエは一七歳ですが女子高生ではありません。学校が嫌いなのです。元々は僕と一緒の高校に通い、二年間は同じクラスで仲良くしていたんですが、ある日突然、「(キリエ曰く)憎たらしいやつら」をザクッと殺っちゃったんです。ちなみに僕も正式に退学したわけではないのですが、学校には「キリエがはじめて……を殺した日」以来、登校していません。そしてキリエは勿論、逮捕はされていません。何故なら彼女は「魔法」が使えるからです。僕はおかしくはなっていませんよ。おかしいのは、多分、世界の方。僕の「両親・教師・友達……だった生命体」は、こんなにも可愛らしい女の子をダイナマイト仕掛けの病人扱いするんですから。分からないのでしょうか? キリエの円くて大きい目と、紅くて柔らかな唇の良さを。そんなキリエが自らの意志で僕の所有物となってくれるのです。本当は恋人同士の関係が良かったのですがキリエが何故だか嫌がるのです。
 その理由を、僕はものすごく気になっていますが、それを問いただすと、キリエの目から涙がぼろぼろ零れ落ちてしまうのです。昨日、それで泣かせてしまいました。だから、キリエの笑顔が大好きな僕は、つい甘やかしてしまうんです。
「ねえキリエ、昨日のお詫びも兼ねてさ、穴つきのカボチャだけじゃなくて、他にもキリエが欲しい物は何でも買ってあげる。だからお願いがあるんだ。今日はカボチャを食べた後、キリエと手を繋いで公園にも行きたいんだ。そこで二人で遊ばない?」
 するとキリエは「おっけーよ!」と返事をしてくれました。キリエの体中からは眩い陽光が視えました。まるで世界が僕たちを祝福しているようでした。
 でもキリエには心配事があると顔に書かれていました。「どうしたの? 何か不安なことでもあるの?」と尋ねると、「ううん、何でもない」と、いつもの笑顔ではぐらかしてしまいました。
 僕は、その時のキリエの笑顔が「偽物」であると、見抜けたけれど、何も言わないことにしました。
 近所のスーパーマーケットに向かう道中でも、キリエは、いつもの笑顔ではありませんでした。
 アパートへの帰り道も、そうでした。だから穴つきカボチャも、キリエは、あまり美味しそうに食べてはくれませんでした。
 でもキリエは公園に行く時になると、いつもの笑顔に戻ってくれました。アパートの玄関で僕たちはキスをしました。
「キリエ、今日、僕はすごく幸せだ」僕は公園のブランコで、キリエの柔らかく小さな体を乗せながら、ぎこぎこと座りながら遊んでいました。「わたしも!」といつもの調子で返事をしてくれました。
「きっと、これもあいつらがいなくなったおかげよね!」と明るい調子でランランと鼻歌をはさみながら言いました。
「そうだね」と僕は、そのことについて、あまり触れないようにしながら、いつものようにキリエの肌を触ります。
「……ねえユキジくん、わたしで、いいの……恋人でもいいの……?」
 何故そんな分かりきったことを聞くのでしょうか。キリエは。
「それは僕の一番の望みさ」
「……でも、わたしのせいで、この世界は……」
「そんなの別にどうでもいいって、前にも言ったじゃないか」
「……ユキジくん……」キリエは、それ以上、何かを言おうとはしませんでした。
 本当に僕は気にしていないんです。
 そう、僕たちには、世界の何もかもが、どうでもいいんです。